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scene15*「泥んこ」
子供みたいにはしゃいだ顔。
悔しいなぁ、もう。
【15: 泥んこ】
彼と海へ来た。
海っていっても、臨海公園のところの浜辺だけど。
9月に差し掛かって、いくぶんか暑さはやわらいでほしいのだけれど、残暑が厳しいって誰が言ったっけ?
その証拠に、今日はちゃんと帽子をかぶってきて正解だと思った。
土曜日の晴れた公園は家族連れで賑わっていて、泳いでる子供も多かった。
せっかくサラサラにしてきた髪の毛も、潮風のせいで固まっちゃうなぁと思いながら、海のほうへ歩いている彼を見た。さっそく裸足になっている。
(久々のデート、って思ったら、こんな何にも無いとこまで連れてかれて)
(あーあ。それならもっとカジュアルな格好でくれば楽しめたのになぁ)
(突然行き先変えて、ホントいつもそう)
そんな事を思いながら、近くにある、ネズミが大人気の夢の国のお城と火山の方角を睨んだ。
「アユ────ッ!!」
「な──に────!!??」
私の名前を呼びながら振り向いた彼が、ニコニコした顔で思いっきり手を振る。
私は行こうか迷って、だけど砂がまとわりつくのが嫌で行くのをやめてしまった。
子供が大好きな彼は、遊びに来ているたくさんの子供にまじって砂のお城づくりに参加した。とても楽しそうな笑顔に楽しそうな様子を見て、私は行けばよかったかも、と少し後悔する。
最初に彼に出会った時は、なんて変わった人なんだろう、と思った。
合コンというか飲み会で、彼は途中参加でやってきた。
その時だって、彼はヨレヨレのTシャツに汚いジーンズっていう、きわめてラフすぎる格好。
飾らないのは最初からで、ヘラヘラッとした感じが私はどうにも苦手だった。
それが何故こんな間柄にまでなってしまったのか?
驚いた事に、大学の教育実習で行った小学校に同じ実習生として彼がいたからだ。
比較的物覚えの良い私は、一目で彼に気づいたけれど、彼は案の定覚えていなかった。
そしてそれからはありがちな話。
彼は私が思っていたよりも、ずっとマジメな人間だったこと。
ヘラヘラ見えてしまうのは彼は本当にお人よしで、だけどその笑顔で周りの人はつい和んでしまう不思議な魅力となっていること。
ちなみに最初の時のみすぼらしい格好で合コン参加は、海外ボランティアでお金が無かったから。
そして彼は、小学校の先生になった。
私は、普通の会社の事務員の道を選んだ。
大学卒業を控えた2月に、彼の人柄にすっかり惚れてしまった私から彼に告白をし、さらに数年年が経過して今に至るというわけだ。
砂のお城はどんどん完成に近づいていた。
それに真剣になって取り組んでる『お兄さん』は子供達から大人気みたいだ。
まるで私の存在を忘れられてしまったみたいでホンの少しカチンときたけど、私が好きな人は「そういう人」なんだからと思い、今更すぎると考えるようにした。
「アユ──っ!!」
突然の声に顔を上げると、彼は子供達に「じゃあ兄ちゃん行かなきゃな。頑張れよ」と告げて、残念そうなブーイングの嵐から逃げるように、私の元へと駆け寄ってきた。
「砂だらけだよー」と言うと、「お土産」そう言って、私に何かを差し出した。
つられるように手のひらで受け取ると、桜色をした可愛らしい小さな貝殻だった。
「綺麗っしょ?」
「ほんとだ。綺麗だね」
「こないだの時にえらく気に入ってた、ドレスみたいな色だなって思ってさ」
「気づいてたの……?珍しいじゃん」
そう笑うと、苦笑しながら
「ヘラヘラしてるように見えても、結構アユのことちゃんと見てんだからね」と、言った。
そう。彼が私の事を、ちゃんと気にしてくれているのを、私は分かってる。
そういう人だから、優しい人だから私は彼を好きになったし、結婚だって決めたのだ。
「今度はできたらネズミの国に連れてってよね」
「ははは。今日の事はカンベンして」
「もう!早く、砂落とさないとね」
きっと子供が生まれたら、、泥んこになるまで遊んでくれるんだろうなぁ。
そして私は毎回ハラハラぷりぷりするのかもしれない。
絶対に大変なのが分かってるのに、そんな事を思っては、顔がにやけてしまった。
それに気づかない彼はやっぱり鈍いのだけれど、いつもと変わらない幸せそうな笑顔を見ながら、私はそれでもいいかって思った。
( そんな事をふいに思っては、顔がにやけてしまった。 )
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