過ぎたる力

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

過ぎたる力

 男は目を覚ました。枕元に置いてある時計を見る。朝の6時だ。男は布団から起き上がり、すぐにゲームのコントローラーを手に取ろうとした。朝起きてすぐにゲームをする。これは男の日課だった。  コントローラーを握り、ゲームを起動するためにボタンを押そうとする。しかしゲームが起動しない。壊れたか?と男は一瞬考え、コントローラーに目を向けた。――コントローラーが金色に塗られていた。いや、正確に言えばコントローラーが金になっていた。なぜ? 昨日までは絶対に普通の黒色のコントローラーだった。  男は考える。しかし考えても全く分からない。全く意味不明だ。疲れているのか?と思い、男は水を飲もうと考えた。そうすれば落ち着くだろうという判断だ。男は布団に両手をつき、立ち上がろうとする。すると今度は布団が金になった。男はなおも疲れているせいだと思い、台所に向かった。  流し台の前に立ち、傍らに置いてあるコップをつかむ。今度はそのコップが金に。男はもうその事には気にせず、蛇口をひねり、水を出そうとする。しかし水が出ない。蛇口自体が金になり、固まってしまったのだ。男はこれが疲れているせいではないと思い始めた。もしかして自分には触れた物を金に変える力が……?  男は台所から出て、自室に戻ってきた。金にすっかり変わってしまった布団の上に座る。 「いろいろ試してみよう……」  まず男は目の前にあった缶ジュースに手で触れてみた。金に変わった。次はその横にあった空っぽのコンビニ弁当に。それも金に変わる。割り箸にも触れる。それも金に。 「……」  男はほぼ確信していた。自分が触れる物は金になるということを。ただ念を押したかった。男は立ち上がり、部屋の隅にある本棚の前へ。一冊の本を手に取る。金に。 「めんどくさいな……」  男は並んでいる本の背表紙をなぞるに触れた。触れた本が全て金に。 「マジか……」  男はこの時、確信した。自分が手で触れた物は金に変わるのだと。  もうそこからは男は私物のありとあらゆるを金に変えた。財布、スマホ、ゲームソフト。コップ、皿、箸、茶わんなど。金。金。金。まさに部屋は比喩でも何でもなく、金色に光っていた。金なのだから当たり前のことだ。そして男は考える。これを全部売ればいくらになるのだろうと。自然と笑いがこみあげてきた。 「ハハハハハハ!! 億万長者になれるじゃん!」  男は寝巻姿だったが、そんなことは気にせず、金のスマホをズボンのポケットに入れた。(とりあえず、このスマホを売ってみようか……)。男は自室から出て、台所に向かい、玄関に向かう。    その時、いつもの習慣だろうか。外に出るためにドアノブに触れてしまった。 「あっ……」  気づいたときにはもう遅かった。ドア自体が金になったのだ。金の硬度自体は高くない。男はそれを知っていた。ライターか何かで溶かせばいけるのでは? 男はすっかり金色に変わってしまった自室に戻り、ライターを取ろうとした。 「あっ、触れるとダメだな」  男はその事に気づき、軍手を探した。軍手ごしなら大丈夫だろうという判断だ。無造作に置かれていた軍手に男は触れた。男は忘れていたわけではない。ただ、なぜか軍手は大丈夫だろうと思っていた。男が軍手をはめようとして、それに触れた。もちろん軍手も金に変わった……。  男はその時に気づいた。しかしその事実を認めたくなかったのだ。 「あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」  男は半狂乱した。なんとかこのアパートの部屋から脱出しようとした。窓から飛び降りよう! 窓に触れる。金に変わる。いっそのこと壁をぶち壊す! 壁を思いっきり殴る。瞬時に金に。ますます金が増えていく――。金、金、金、金、金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金!!  ――1週間後。アパートの大家が警察に連絡した。この部屋の住人を1ヶ月も見ていないと。なにかあったのではないか?と。  警官がやってきた。その部屋の前に行き、安否の声を掛けるが、返事がない。警官は止むを得ずドアを開けようとした。しかしドアが開かない。警官は消防隊を呼び、救助用のチェーンソーを用い、ドアを開けてもらった。  ――開けたドアの向こう――警官たちの視線の先――そこには金色に光り輝く男がいた。いや正確には金の男か。男は両手で首を絞めるようにただ立っていた……。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!