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「鮮やかな計画。実行する際の手際の良さ。ほれぼれしたよ」
おじいちゃんの家に行くと、おじいちゃんはいつも同じ映画を観ていて、そしていつも同じ話しをする。
「この映画を観ておれは強盗になるって決めたんだ」
おじいちゃんが小さな頃に観たというクライム映画。それがきっかけで、おじいちゃんは強盗になる夢を見た。
そして、実際に叶えてしまった。
その昔、おじいちゃんは強盗だった。
「と言っても、この映画みたいに派手な強盗をしたわけじゃないけどな」
おじいちゃんは小さな店の少ない金を奪うちゃちな強盗で、細々と、恐々と、毎日を生きてきたとか。唯一強盗として自慢できることがあるとすれば一度も捕まらなかったことで、そのおじいちゃんもいまは足を洗い、コツコツ貯めた財産を使ってひっそりと一人暮らしをしている。
「でも、あれには参ったな」
おじいちゃんが言う。
いつもの話し。
足を洗うきっかけになったという、いつもの話し。
「おれは深夜のコンビニに入って他に客がいないのを確かめると、レジにいる店員に詰め寄った。店員は若い兄ちゃんだった。で、その兄ちゃんにおれは持っていた銃を向けて言ったんだ。
『金だ。レジにある金をこのバッグに詰められるだけ詰めろ』
ところが、おれからバッグを受け取った兄ちゃんはきょとんとしちまってさ、『あの……、金っすか?』なんて抜かしやがる。
『当たり前だ。他に何を詰めるんだ? 死体になったおまえか?』
おれは少し脅すつもりで言ってやった。
だけど兄ちゃんはな、
『すんません。うちのコンビニ、現金置いてないんすけど……』
なんて言い出すんだよ。
『なに?』
おれは耳を疑った。現金を置いてないコンビニ? そんなバカな話しがあるか。まだまだ若いと思っていたがおれも耳が遠くなったのか。それとも単に兄ちゃんがとぼけているのか。
だけど兄ちゃんが言うには、
『ほんとっすよ。うちのコンビニ、完全にキャッシュレスになったんすよ。現金お断り。お釣りもなし。だから置いてないんすよ、現金。書いてあるでしょう? ほら』
兄ちゃんはレジの近くにある『お支払い方法』が書かれた場所を指差した。で、そこにはたしかにあったんだよ、現金不可のマークがな。
『というわけで、金は詰められないっす』兄ちゃんは言った。
おれは柄にもなく呆然としちまってな。
そしたら兄ちゃんがとつぜん『あっ、ちょっと待ってください』とか言ってポケットをまさぐりだしてだな。
『ああ、あったあった。ほらこれ、さっき拾ったんすよ5円玉。おれも現金持ち歩かなくなっちゃったんで、懐かしいなって思って。せめてってわけじゃないっすけど、これ、詰めときますよ。何か良いご縁があるかもしれないっすよ?』
『……いらん』
おれは兄ちゃんが5円玉を入れる前にバッグを奪い取り、そのままコンビニを出た。空のバッグを持ってな。
そしたら、
『ありがとうございあしたー』
というマニュアル通りの兄ちゃんの声が後ろから聞こえた。
それでおれはなんだか虚しくなっちゃってさ、足を洗うことにしたってわけだ。まあ年齢のことも、たしかにあったがな」
おじいちゃんは話し終えると、観ていた映画を鮮やかなる強盗シーンに巻き戻した。
銀行強盗。銃を突きつけて店員や客を脅し、金庫を破り、現金を袋に詰め、車で逃走する。
あっという間の出来事。
あっという間のアクション。
そしていまでは、完全にフィクション。
「この映画を観ておれは強盗になるって決めたんだ」
おじいちゃんが繰り返す。
おじいちゃんが足を洗ってから20年。
いまこの国に、現金はない。
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