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「たっ君…寧々ちゃんて言いながらゴールするかも。」
「それで一位になったら落ちない女なんていないでしょうね。」
「母親としては複雑なんだけどね。」
千夏さんは顔では笑っていたけれど、ビデオを持つ手が小刻みに震えていた。
こんな緊迫した中で自分の子供が責任重大なアンカーなのだ。
母親なら緊張しないわけがない。いや…本人以上に緊張しているのかもしれない。
俺は千夏さんが持つビデオを取り上げた。
「ビデオは俺が撮りますんで、千夏さんはその目でガキが走るとこをちゃんと見てあげて下さい。」
千夏さんが不安そうな目で俺を見た。
「大丈夫です。あいつ…ビックリするくらい早くなりましたから。」
いよいよ次はアンカーの出番だ。
みんなは半周だが、アンカーだけはグランドを一周する。
ガキは俺が教えた通りに筋肉の緊張を緩めるためにぴょんぴょんとジャンプをしていた。
落ち着いた表情をしている…頼もしいじゃん。
一位であるライオン組との差はわずか1メートルとなっていて、ほぼ同時に2人にバトンが渡った。
デブの走りを見てビビった。
誰かに教わったんだろうか……姿勢が完璧だ。
腕の振り方も膝の上げ方も文句の付けようがない。
こんなに走れるとは思わなかった……
ジリジリと差は縮まってきてはいるものの、抜かせるかどうかは微妙かもしれない。
「どうしようクリリンっ私、見てられない。」
「ダメですよっちゃんと見て応援してあげて下さいっ。」
俺だって口から心臓が飛び出そうだ……
ビデオを持つのとは反対の手で千夏さんの手をギュと握った。
この運動場にいる全ての人が二人の戦いを固唾を呑んで見守っていた。
ピッタリと横並びになり、あと少しでゴールと言う時にガキが叫んだ。
きっと、好きなものと聞いて真っ先に浮かんでいたんだろう……
好きな食べ物でも人気のアニメでもなく、あれだけ好きだと言っていた寧々ちゃんでもなく……
「ママ─────────────っ!!」
ガキが選んだのは
いつも子供のために忙しく頑張ってくれていた
ママだった──────────
ガキがゴールテープを切ると、大歓声が上がった。
─────やった…………一位だっ!!
「クリリ───ンっ!」
千夏さんが俺に勢い良く抱きついてきた。
「ちょっ……千夏さん、俺、甥っ子!!」
「あの子ママって…私のことを呼んでくれたっ。」
そう言って千夏さんは俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
あぁもう…子供がからむと泣き虫になるんだから……
「……ママのこと大好きなんでしょうね。」
「うん……嬉しい…産んで良かった……」
そう言ってボロボロと泣く千夏さんが、すごく可愛らしくて愛おしく思えた。
「クリリ──ンっ!僕やったよお!!」
リレーを終えたガキどもが保護者席に戻ってきた。
みんな大喜びで自分の子供に駆け寄り、パンダ組はお祭り騒ぎのようになった。
「たっ君パパありがとうございましたっ!」
先生が俺に抱きついてきた。
俺、パパじゃないし!胸当たってるしぃ!!
ママさん達からも囲まれるように抱きつかれてしまった。
なにこれ?ハーレムっ?!
千夏さんからまた思いっきり耳を引っ張られた。
パパさんで俺のほっぺにチュウする者まで現れて本当にカオスだった……
子供以上に喜びにわく大人の姿を見て、ママとパパの愛情のパワーってすげぇなあって…改めて思ったんだ。
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