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彼女のガキんちょ 前編
ガキの頃の思い出は時間と共に薄れていく。
でも、その頃に出来たトラウマは
いつまでも俺の心にこびり付いていた。
そう……
それは、大学生になった今でも───────
「クリリンのせいでまたバイトの女の子が辞めたんだけど?」
俺の事をクリリンと呼ぶのはバイト先の千夏さんくらいだ。
俺の名前は栗原 斗真 。クリリンではない。
「今度は何したの?」
「デートに誘われたのをすっぽかしただけっす。」
バイト先はコンビニだ。
千夏さんはこのコンビニでは一番の古株で、実家暮らしのフリーターなので毎日のように朝の9時から夕方の5時までシフトが入っている。
背の低さを補うためなのか、いつも頭のテッペンに髪の毛をまとめたお団子頭だ。
俺より6つ上の25歳なのだが、その髪型と幼い顔立ちのせいで高校生くらいに見える。
「なんですっぽかしたのよ?」
レジ打ちをしながら千夏さんが小声で俺を攻めてきた……
「他の女と被っちゃって…いらっしゃいませー。」
「じゃあそのもう一人の子とデートしてたってこと?いらっしゃいませ〜。」
「いえ、昨日寒かったんで出かけるのが邪魔くさくなったんです。お箸はご利用ですか?」
「はあ?それマジで言ってんの?こちら温めますか?」
千夏さんが客の弁当をレンジに入れ、クルッと俺の方に向き直った。
「クリリン、バイト先に色恋沙汰持ち込まないでって言ったでしょ?これで辞めたの何人目かわかってるっ?」
「あっちから来るんだから知らないっすよ。それから…今レンチンしてるの寿司ですよ。」
「えっ?…あっ……きゃ─────!!」
大慌てでレンジから弁当を取り出し、客に平謝りする千夏さん……
隣で笑いを堪えるのに苦労した。
この人…自分では大人の女気取ってるんだろうけど、めっちゃ抜けてるんだよな。
「気付いてたんなら入れる前に言ってよ。ホントに性格悪いんだからっ。こんなヤツのどこがいいんだか!」
「そんなもん顔でしょ?ちなみに、さっき客からもらったの五千円じゃなくて一万円ですよ?」
お札を再度確認し、真っ青になる千夏さん。
「しまった……お釣り間違えたっ。お客さ───んっ!!」
転けそうになりながら外へと飛び出して行った。
相変わらず笑かしてくれる。
客の多い時間が過ぎたので、千夏さんはバックヤードの品出しへと向かった。
俺もレジ業務をしながらタバコの補充をした。
コンビニは一見楽そうな仕事に見えるかもしれないが、意外と幅広い業務が求められる。
レジでの接客はもちろん、商品の陳列や品出し、店内の清掃やフライヤー等の調理……
宅配や公共料金の受付け、コピー機や発券機の操作方法なんかもよく聞かれたりする。
最初は覚えることが多いが、慣れてしまえば時間の融通もきくし全国のどこのコンビニでも働けるようになるから、俺みたいな学生や主婦にもお勧めなバイト先ではある。
「いらっしゃいま……」
自動ドアが開いたので声をかけようとしたら、入って来たのは小さな男の子だった。
幼稚園児だろうか…周りを見渡しても保護者らしき人はいない。
初めてのお使いってやつか?
そのガキはテクテクと店内を歩くと、カップのアイスを一つ手に取ってレジまでやってきた。
「温めてください。」
「はい?」
何言ってんだこのガキ。
これアイスだぞ…わかって言ってるのか?
俺の様子を真ん丸な黒目で見つめ、再度口を開く……
「凍ったのはカチカチで食べにくいから温めてください。」
そう言って小さな手で握ったお金をトレイに置いた。
そこまで言うならやってあげるけども……アイスなんてレンジに入れるのは初めてだ。
何秒すればいいのかもわからない。
適当にチンしてガキにアイスを渡したら泣き出した。
なんでだっ?!
「溶けてる〜っ!」
「おまえが温めろって言ったんだろっ?」
「こんなドロドロなのいや───っ!!」
そう言ってさらにわんわん泣き出した。
なんだよこの、ザッ理不尽!!
どうすりゃいいんだっ?
ちびっこの泣き攻撃にあたふたしてたら、品出しを終えた千夏さんがバックヤードから戻ってきた。
「千夏さん助けて下さいっ!このクソガキが……」
「えっ?たっ君なんでいるの?!」
……うん?知り合いの子か?
「ママ─────っ!!」
ガキが千夏さんのところに走っていって腰に抱きついた。
うん?……ママ……………
………えっ────────
─────────ママぁ?!
ウソだろっ?!
「たっ君ちゃんとお家で待っとかないとダメでしょ?おばあちゃんは?」
「たっ君ママのお店でアイス食べたかったのー。」
どうやらマジっぽい。
このバイトを初めて半年。結構な頻度で千夏さんとは一緒のシフトに入っていたが子供がいるなんて全く知らなかった。
「千夏さんママだったんですか?!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「子供が子供産んでるじゃないですか!」
「……私、大人の女ですけど?」
「そんなの思ってんの本人だけっすよ!」
「はぁ?!ケンカ売ってんのっ?」
このガキは千夏さんが二十歳の時に産んだ子供らしく、今は5歳の年長さんらしい。
旦那もいるのかと聞いたらいないと答えた。
どうやらシングルマザーのようだ……全然お母さんには見えないのだが。
「ごめんクリリンっちょっとこの子、家まで送ってくるわ。」
千夏さんは店長にも許可を得てガキと一緒に店から出ていった。
二人が歩いていく後ろ姿を
俺は不思議な気持ちで見送った──────
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