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ある日大学のサークル活動を終え家へと歩いていると、児童公園でサッカーボールを蹴る小さな男の子の姿を見つけた。
あれはもしかして……
時間はもう18時半をまわっている。
薄暗くなってきているし、周りには誰もいなかった。
千夏さんは平日は17時までなのだが、土日は21時まで働いている。
こんな時間にガキが公園で一人で遊んでたら危ないし、千夏さんもOKはしてないと思うのだが……
─────俺は子供が苦手だ。
関係ないし、見なかったことにすりゃあいいと思い、再び家へと歩き出した。
「おいクソガキ。」
ガキが驚いた顔でこっちを見た。
結局気になって声をかけてしまった。
「あっ、おまえは…クリリン!」
なんでこの親子はこんなふざけた名前で俺を呼ぶかな。
「俺の名前は栗原。俺の方が年上なんだから栗原さんて呼べ。もう暗いから家に帰れよ。」
「クリリン、サッカー出来る?」
子供ってのはまず人の話を聞かない。
どういう耳の構造してやがるんだ?
「ボールを足でポンポンてするやつ出来る?」
「あ?リフティングのことか?」
リフティングとはボールを手以外を使って地面に下ろさずに蹴り続けることである。
よほどの技術がないと出来ないのだが……
俺はガキからボールを受け取るとポンポンポーンと蹴り続け、最後は背中でキャッチして見せてあげた。
実は高校までずっとサッカーをしていたのだ。
「クリリンすっげ──!」
こんなキラキラした目で見られたらさすがに照れる。
「見せてやったんだからもう帰れ。」
「僕にもやり方教えてよっ。」
「今日は帰れ。ママに怒られるぞ?」
「どうやったらクリリンみたいにカッコ良く出来る?」
うん。清々しいくらい俺の話をガン無視だな。
「じゃあちょっとだけ教えてやるから、そしたら大人しく帰れよ?」
「うんっ!」
自分に都合の良い話はしっかり聞こえんのかよ。
屈託ない満面の笑顔で返事しやがって……
可愛いじゃねーか。
「ボールしっかり見て、中心に当てるんだ。」
「真上に上げて…高く上げすぎ。」
「腕でバランス取って上体は起こすっ。」
結構スパルタで教えたんだが、ガキは泣き言をいうこともなく一生懸命練習していた。
幼稚園児のくせに割と根性あるじゃん。
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
ヤバいっ、熱中しすぎたっ。
「おいっ、送ってやるから帰るぞ!」
まだしつこくやりたがるガキを引っ張って公園を出た。
「ママが言ってた。クリリンてヨダレったらしなんでしょ?」
……これって多分、女ったらしのことだよな?
千夏さん、俺のことを子供になんちゅう説明の仕方してんの?
この場合は間違いを訂正してあげた方が良いのだろうか……
「あのねぇ女の子はねぇ泣かしちゃダメだよ。“いためる”もんだよ。」
「……それを言うなら“いたわる”だな。」
これは訂正しといてあげよう。
炒めちゃいけない。女の子は具材じゃないんだから。
ガキの家は公園からすぐ近くにあった。
家に着くと、おばあちゃんが部屋の中から杖をついて出てきた。
「たっ君出かけてたの?ばぁちゃん気付かんかったわ〜。」
「僕ちゃんと公園行くって言ったし、ばぁちゃんも行ってらっしゃいって言ってたよー!」
なんだかちょっとボケてるっぽい。
ガキはお腹減ったぁと言って靴を脱ぎ、キチンと揃えて玄関に置いた。
「クリリン今日はありがとう!また教えてねっ。」
そう言って俺に礼儀正しくお辞儀をした。
躾はきちんとされてるようだ。
「コツは教えただろ?次からはママに付き合ってもらえ。」
「ママは忙しいからダメだよ。夜も学校行ってるもん。」
「学校?」
ガキが言うことを要約してみると、どうやら資格を取るために夜間学校に通っているようだ。
子供なんてこれからどんどん金がかかる。
いつまでもフリーターというわけにはいかないのだろうけども……
俺は大学の合間にバイトを数時間入れてる程度だ。
でも千夏さんは平日は朝9時から夕方5時まできっちりシフトが入っているし、土日なんて夜の9時まで入れている。
バイトに学校にガキの世話に家事にって……きっと自分の時間なんてないんじゃないだろうか?
シングルマザーって大変なんだな……
おばあちゃんのあの様子じゃ介護も必要な感じだし。
俺は千夏さんのことをずっと…実家暮らしの親に頼りまくったお気楽なフリーターなんだと思っていた。
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