151人が本棚に入れています
本棚に追加
はじまりの文
白のしつらえの部屋、白の着物に身を包んだ侍女たち、部屋の外から響く読経、侍女に背中を支えられながら力む腹の大きな女人――。
山麓にあるこの屋敷は、昨晩から雪が降り続き、庭一面も部屋と同様真っ白で、この冬一番の寒さに見舞われていた。いくつも火鉢を置いているものの、僅かばかり寒さを和らげているだけで、息を吐けば白く見え、手足は凍えるように冷たくなっているほどである。
このような悪天候の中、出産に臨む女人――葛木の内侍は、今朝方熱を発してとても出産できる体力など無かった。しかし冷や汗をかき、何度も白い息を吐きながら、自分の命を削りながら力を絞りだしている。頂点にあった太陽が今は西の山向こうに沈もうとしていた。このままでは、内侍も赤子も命を落としてしまう。
「葛木様、もう少しの辛抱です! もう少しで頭が出ます!」
前で赤子を受ける役目の侍女が叫んだ。熱にうなされ、朦朧とした頭で、葛木の内侍は一筋見えた希望に縋るように、大きく声を上げながら力んだ。その時、頭が半分ほど出たのを、侍女が引っ張ると、するりと全身が抜け出したのである。
「……んぎゃあ! んぎゃあ!」
それはそれは大きな声で、赤子は元気よく産声を上げた。しかし、一同が安堵したのも束の間、赤子を取り上げた侍女の顔が凍りつく。
「もし。子は男子か、女子か」
御簾の向こうから、誕生を待ち兼ねていた赤子の父方の使者が声を掛ける。侍女は一呼吸置いて、「女子です」と静かに言った。
使者が走り去る音を聞き、また読経をしていた者達を退かせ、息も絶え絶えの内侍は侍女に抱えられるようにして身体を起こした。
「津川、子は男子なのですね」
「……はい。葛木様に似て色白で美しい、玉のような男子です」
津川と呼ばれた侍女は、声を微かに震わせながら言った。赤子を綿布で綺麗に拭い、白の産着を着せて葛木の内侍に抱かせる。
「申し伝えていた通り、この子の乳母は津川とし、この屋敷で女子として育てるように。このことは決して他言せず、特に菊姫様には目を触れさせぬよう。どうかこの子を守って。みなを信じていますよ」
その場に居た侍女達は慈しむように我が子を抱く内侍を見詰めながら、涙を浮かべていた。
――葛木の内侍は、その翌日、息を引き取った。
最初のコメントを投稿しよう!