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「――それからというもの、本当に大変だったのですよ、柊木様」
薄紅の唐衣を着たうら若い侍女が、桜の花びらが舞い散る美しい庭を眺めている貴人に言う。まるでお説教を言うような口ぶりである。
「ええ、よく存じておりますよ」
柊木というらしい貴人は葡萄の小袿に桜襲の細長を着ていて、長くしなやかで流れるような黒髪が雪のように白くきめの細かい肌に映え美しい。美しい衣装と目の前の鮮やかな光景を目にしているのに、先の言葉のせいであろうか。もう聞き飽きたというように扇を開いたり閉じたりしながら、深く溜め息を吐いた。
「津川には、世話になりました。彼女が居なければ、私は此処には居られなかったでしょう」
「まあ、この松川めは今もあなたさまをお守り申しておりますのに」
「もちろん松川にも感謝しておりますよ」
その言葉を聞いた松川という侍女は、「そうでしょうとも」と嬉しそうに笑った。その姿を見て微笑むと、毎年変わらない桜吹雪を見遣りながら懐かしみ、目を細める。
「津川の娘の貴女は乳母兄弟で幼馴染ですし、知らぬことは無いほど親しくしてきました。お陰でこの世間から離れた屋敷で暮らしていても、寂しくは無かった。津川が病で亡くなった後も、こうして私の側についてくれている。有難いことです」
「それでしたら、先程から聞き耳を立てている惟司も、ですね」
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