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ふと見ると御簾の前に影が一つ。いつからそこに居たのだろうか。
「……盗み聞きをしていたわけではございません。屋敷の前に男がうろついておりましたのでご報告に――」
惟司という従者が言い終わる前に、柊木は立ち上がり、御簾の前に座った。
「松川、御簾を上げてください」
「分かりました」
言われたとおりにするすると松川が巻き上げていくのだが、惟司の方は途端狼狽え始め、終には頭を垂れてしまった。
「な、なりません……! 私はあなたさまの乳母兄弟でありますが、みなしごですし――」
一歩惟司の前に近付くと、彼の手を優しく取る。驚いて顔を上げた拍子に柊木の顔を直視してしまうと、惟司は顔を真っ赤にしながら硬直してしまった。
「そのようなことを言わないで。ついこの間まで共に遊んだ仲ではありませんか。身分など関係ありません。貴方を本当に大切に思っていますよ」
微笑み掛ける柊木に、正気に戻った惟司はさっと目を伏せ、手を引っ込めた。
「こっ、これをお渡しに来ただけですので、では……!」
と、一礼した後、慌てた様子で走り去ってしまった。呆れ顔の松川はその後ろ姿を見送った後、惟司が置いて行った文を手に取った。
「柊木様、惟司は昨年元服したのですよ。本来男子と女子は親兄弟でも顔を合わせることはないのですから、彼が特別だとしても考えて行動しませんと。怪しまれますよ」
「そ、そうですね」
柊木はそそくさと几帳の横に座ると、松川が御簾を下ろし先程の手紙を手渡す。
「最近文が多いですね。世間では柊木様のお噂が絶えないと言いますから……困りましたね」
噂、とは「山の麓にある屋敷に、参議の娘で柊木の君という人が住んでいるという。母親の葛木の君に似てそれはそれは美しい娘で、齢十六の花盛りである」というものである。今まで全くと言っていいほど知られていなかっただけに浸透するのも早く、誰が一番にものにするか賭けをする者も現れて、とにかく躍起になっているようだ。男達は一目見たい、文を交わしたいと屋敷の周りに人を遣ったり自ら覗きに来たりするようになり、惟司が昼夜問わず見回らなければならなくなっている。
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