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第1章 ピョンとの出会い
僕・庄司涼太朗が「ピョン」に出会ったのは、いまから2年前の秋のことだった
人生に躓いてやさぐれていた僕は、自分の孤独を慰めるために、いや自分の欲望を満たすために、「出会い系喫茶」なるものにホイホイと引き寄せられた。
「出会い系喫茶」とは、ガラス越しに部屋にいる女の子たちがくつろいでいる様子を見て、男が気にいった子を指名するのだ。
ガラスはマジックミラーになっていて、女の子からは馬鹿な男たちの視線がわからない。
素人の女の子たちはそれぞれにおしゃべりをしていたり、携帯をいじっていたり、寝ていたりと様々だ。
指名をすると、ボックス席が割り当てられてその女の子がやってくる。
お互いに話してフィーリングや交渉がマッチすれば、連れ出し料金ウン千円を男が払って女の子を外へ連れ出すことができるのだ。
そこから先は店は関知しない。売春行為は違法です、という骨抜きされたザル法の張り紙があるだけだ。
女の子は店に入るのは無料だ。
ジュースやお菓子もあり、雑誌も読み放題。
もちろん携帯の充電だって自由。そんなメリットもあって単純に暇つぶしに来る子もいれば、男に食事でも奢ってもらおうという子、割り切りの気持ちで性行為に及び小遣いを稼ぐ子もいる。
昔はJK喫茶などといって制服女子高生がいた店もあったが警察の取り締まりをうけて、今はいない。
僕は入会費ウン千円と入店料ウン千円を払って、阿呆な男たちに混じってガラスの向こうを眺めていた。
確かに嘘だろ、という見た目が地味で落ち着いた格好の女の子や、会社勤めの綺麗なお姉さんもいっぱいいる。
他には金髪にどぎつい化粧のヤンキー系、ひたすらおしゃべりに夢中な普通の学生っぽい子・・・。たまに店員に呼ばれては、部屋から出ていく。
壁にもたれかかって座っている1人の女の子がいた。そう、この子がピョンだ。なぜピョンなのかというのは後でわかる。1人ぽっちで、イヤホンの音楽を訊いて目を閉じている。
(寝ているのか?)と思うとたまに憂鬱な動きで姿勢を治す。癖っ毛のような内巻きミディアムの黒い髪を真ん中で分けているので、おでこがやけに目立っている。青白い肌、少し濃いアイメーク、思いっきり白いマスク。デニム色のコットンシャツに、ベージュピンクのロングスカート。
(大丈夫かな、あの子・・・)僕はなぜかその壁際の女の子が気になった。
マスクがいかめしいのか、負のオーラが出ているのか、男からの指名もないようだった。コクリと頭が下がったかと思えば、また少し顔を上げる。
僕は勇気を持って、その女の子を指名した。
ファミレスのようなボックス席に座って煙草の灰をトントンと落としていると、その女の子がすうっと現れてシートに座った。
「・・・」
「・・・んー、あのさあ、顔色悪そうだったけど熱でもあんじゃないの」僕は躊躇なくピョンの額に手を当てた。ピョンは一瞬、ギクッとした。
「・・・ピョーン、お腹すいただけ」ピョンは両手を頭の上に乗せてネコ耳を作る。
「フー、熱はないけど頭が壊れちゃったかな?」僕は煙を下向きに吐いて首をかしげた。
「みんなそう。頭コワレテル」
「ふーん。そうかもしれないな。んで今日は何も食べてないの?」
ピョンはペコリと頷いて、「うん、でも昨日はアルフォートとパイの実食べた」
「あのよく聞こえないんだけどマスク取ってくんない」僕はイラッとして言った。
「嫌いにならない?」
「ならないも何も好きにもなってないし、会ったばっかだし」
「じゃあ嫌だ。マスクは取りませーん。ピョーン!」ピョンは携帯のストラップについたピンクのクマを僕の前で跳びあがらせてみた。
「んー、で今日はご飯でも食べさせてもらいたい感じ?」僕は訊いた。
「うーん。お金。お金ないんだもん」ピョンはためらいもなく答えた。
「・・・んまあ、飯でも行くか?」
「行く、行く、オジサンお金出す?」
「お、オジサンオカネダス、つか名前は?」僕は復唱した。
「うさぎ」「え?」「うーさーぎ」
「ウサギちゃんなんて、呼べるかっちゅうーの、ピョンだな、ピョン」
僕は最初のネコ耳ポーズがウサギの耳のアピールだとやっとわかった。
「ピョン、マスク取れ。じゃないと行かない」
「嫌いにならない?」
「ならねーよ!」
幼かった。あどけない。普通の女の子だ。マスクと変なメイクがよっぽど痛々しい。
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