第2章 邂逅

2/3
162人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
中2でクラス替えになってやけに目立ちやがって、全くもって忌々しいヤツだった。    クラス一位の、いや学年一のモテ男、橘田準だ。  後の生徒会長、バスケット部長だ。    背が僕と同じ180㎝近くあり、髪の毛のサイドを刈り上げてサラサラヘアをツーブロックにしている。やや耳が大きいが顔は小さく聡明そうなインパクト。笑顔の時のキラキラとした白い歯がいつも爽やかに見えた。    バスケット部のキャプテンで、試合は彼を中心として動き、いつも見事なオフェンスととフェイントで確実にシュートを決める。        まったく天は二物を与えるものだ。彼はまた塾にも行っていて、勉強も常に上位だった。     中3では生徒会長にもなり、まるで橘田のための学年のようだった。文武両道の模範生。きっとH高校も余裕で合格だろう。    それでいてヤツは驕ったところや見下すところもなく、いつもさわやかで笑顔が絶えない。    中学では彼を慕って、常に取り巻きのような男子が集まっていた。彼がおばさんの買い物籠(かご)のようにスクールバッグを右腕にぶら下げている姿を見ては、みんなもそれを真似した。  彼が聞く音楽で、これがいい、というものはみんなカセットをダビングしてラッセンや鈴木英人の描いたインデックスカードに入れてそれを聞いた。彼が休み時間、トイレの前でヘアチェックをすれば、みんなそれを真似してたむろした。    女子とも仲が良かったから、クラスの雰囲気はいつも明るかった。異性にシャイなところがないから女子も話しかけやすいのだ。    バレンタインは一体幾つのチョコレートをもらったんだろう? 考えただけでも反吐が出る。そう。僕はヤツに嫉妬と反抗で()い交ぜになっていたんだ。    橘田準が「太陽」なら、僕は「月」だと思った。大嫌いだ。どう頑張っても重なりあうことはない、星の世界。そう思っていた。    ある日の午後、橘田準と取り巻きが、部活から帰る塊りとなって、僕とすれ違う羽目になった。    僕は、バスケ部をドロップアウトしていたから、彼と目を合わすことさえ、引け目を感じていた。まずい展開だ。大名行列がやってきたようなもんだ。目を合わさず道の横を通り過ぎよう。どこからか栗の花の匂いが鼻をくすぐる。      「あれー、涼太朗じゃん。(僕は庄司涼太朗という)どこいくの?」取り巻きの1人が声をかける。(チッ! 余計なこと言いやがって・・・)    「待ってよ、庄司君!」それは橘田準の声だった。    (喧嘩か? 人数的に分が悪すぎるし、丸腰だ、手で拳を作る)    「あん?」僕はそっけなく振りかえった。    「涼太朗君、ギターやってるんでしょ、家にも弾いている音が聞こえるよ」    「あーそう。ごめんね、じゃあ」僕は去ろうとした。    「待ってよ、公園のベンチで話そ。一緒にギターやるヤツ探しててさ」    準は屈託のない相変わらずの白い歯を見せて、公園の方へ目配せをした。動揺した僕は断る理由が出てこなかった。仕方なく公園のブランコに並んで座ってやった。  準はチンピラのような取り巻きを追い払った。        それが彼との邂逅(かいこう)だった。   「涼太朗君はカッコいいよね。いつも教室では気になっていたんだ」   「ああそう。べつにかっこよくないし」僕は無愛想に答えた。   「ねえ、今度一緒に遊ぼうよ、ギター持ってきてさ」準の目がキラキラ輝いている。    とりあえずわかったのは、準はビートルズの信奉者で、とくにジョンレノンの曲を、ギターを弾きながら諳(そら)んじて歌えること、邦楽は浜田省吾や大滝詠一、チューリップを聞いていること、もうエレキのギターとアンプは持っていてオリジナルの詩も書いていること、などだった。    たしかに夜、向かいの団地の号棟で五階の風呂からすざましい大きな声で、「ギミョアラブ!」だの「ミッシング!」だの「フリー!フリー!」だの、大声で歌うヤバいヤツがいるなあ、とは思っていた。    それが橘田準だった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!