その男、孤高につき

2/4
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 男は帰宅後、インターネットでフジツボ店の電話番号を調べ、老人に言われた通り12日の木曜日の午後3時にフジツボ店に電話してセイコ嬢を指名したところ、彼女は予約が丁度空いたとのことなので希望時間を問われると、肌の露出度アップを期待して態と熱い最中を選んで明日の午後3時に自宅に来てもらうことにした。  翌朝、男は家の中をざっと掃除した後、昨日、予約をしてからしたようにユーチューブでアイドル時代の松田聖子の動画、殊に「夏の扉」を唄っていた時の黄色の2段フリル付きミニスカドレスを着た、ひよこ聖子ちゃんと呼ばれた松田聖子を見まくりながら青年時代に自分が思い描いた松田聖子に思いを馳せた。それはぶりっこには違いないが、中身も可愛い良き女性であった。  男は昼食後になると、松田聖子の動画に見入りながら松田聖子と自分がエッチをする妄想を膨らませて行き、そうして待ち焦がれた予約時間の数分前に慌てて寝室に全所有の3台の扇風機を結集して暑さに備え、身なりを整え、長いようで短い僅かな時が過ぎるのを待つことにした。けれども、まだ来ない。男は本当に来るのか本当に来るのかと上がり框に突っ立った儘、焦れる気持ちを焦げた秋刀魚を更に焼く様に焦がしに焦がして待っていると、3時3分になった所で引き戸の磨り硝子越しに正しく女の人影が現れた。その途端、胸が期待と希望で波立ち、玄関を離れ、立ち所にインターホンの前に立った。と、呼び鈴が鳴る。通話ボタンを押す。 「はい」 「フジツボ店のセイコで~す!」  確かに少しハスキーがかった松田聖子らしい声だったので男はときめいて、「はい、今、開けます!」と元気に言って再度通話ボタンを押すと、玄関目掛けて駆け出して三和土に降り立ち、引き戸をがらりと開けた。  すると、なんと奇しくも、ひよこ聖子ちゃんと同じ格好をした松田聖子にそっくりのセイコ嬢が立っていた。 「こんにちわ、初めまして」  男はそのセイコちゃんカットで決めた可愛い顔は言うに及ばずハイヒールを履いた足の足首の細さやミニスカートのフリルから覗くぴちぴちした太腿や細い肩紐しかかかっていない露出した肩や首や腕の綺麗なラインに心を奪われた。それに対しセイコ嬢は目元口元に冷ややかな笑みを浮かべ、尚且つ頭一つ下げず、チョーだっせー家!と言わんばかりに眉を顰め唇を歪めた。  男は一気に幻滅し、含羞の塊と化し、「こんにちわ、むさくるしい所ですが、どうぞ中へ入ってください」と然もばつが悪そうに言って、お邪魔しますとも失礼しますとも言わないセイコ嬢を招き入れた。  男は花形議員だった頃は高級マンションに住んでいたのだが、今は一戸建ての手狭な古色蒼然たる借家住まいなのだ。   定めし、まともな住まいの所に招き入られれば、こんな態度にはならず、媚びて良い子に振舞うであろう現金なセイコ嬢を男は寝室へと案内し、「ま、汚い所ですけど」と無気力に言ってみすぼらしいベッドの縁に座らせ自分もその隣に座った。その際、セイコ嬢が矢張り失礼しますともお願いしますとも言わず、明らかに顔面に嘲笑の色を表していたので男は羞恥心に苛まれながら切り出した。 「あの、暑い中、よく来てくれました。あんまり可愛いんで、びっくりしました」 「いえいえ、そんなことないですよ」とセイコ嬢は切り口上で返事を済ませ、世間話すらしようともせず、派手なけばけばしい手提げ鞄に向かうと、携帯を取り出しながら、「お客さん、予約通りのコースで良いの?」とタメ口で聞いた。  その失礼なつれない態度に男はそっちがその気ならこっちはと少々自棄を起こして、「じゃあ、お得な三十分コースで」と冗談めかして言うと、「アハハハ!」とセイコ嬢は顎を外さんばかりに大笑いした。 「チョー受ける!あたしテン上げになっちゃった!アハハ!お客さん、顔に似合わずふざけたこと言うじゃん!」  セイコ嬢は男の先程の答えを聞く前から男を蔑んで嘗め切っていたが、先程の答えを聞くや、箍が緩んで完全にリラックスして羽目を外したのであった。猶も扇風機に煽られたセイコちゃんカットを気にしながら、「三十分なんてコース端からねえし~みたいなあ~っつうか、三十分じゃ、金になんないし~みたいなあ~アハハハ!お客さん、ほんと、面白いわ、草生えるって感じ!アハハ!しかし、時化たとこに住んでんね、ほ~んと冴えないでやんの。大体、何なの!扇風機三つも置いちゃって!あっ、そっか、エアコンないんだあ~今時、珍しくね?っつうか、しょぼくね?っつうか、暑いんですけど~!おまけに髪ぼさぼさになっちゃう~!もう、やだ~!それに何~!あの絵!あれも、しょぼくね?っつうか、うざくね?っつうか、きもくね?っつうか、ださい感はんぱなくね?っつうか、最&低って感じ!アハハハ!」  何なんだ、こいつは、異星人か!と男は呆れ返り、言葉遣いも心遣いも礼儀も態度も何もなってない!全く話しにならんと呆れ果てる。それを尻目に相変わらず独りで受け捲っているセイコ嬢に、「あ、あの、ちょっと聞きたいことが有るんだけど」とそれこそ異星人に呼び掛けるかのように警戒しながら男が聞くと、セイコ嬢は両手で口を押さえ何とか笑うのを堪えて、「なあに?手短に言ってよ」 「君は生活に困ってる訳じゃないんだろ」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!