その男、孤高につき

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「ああ、確かに金もなければ友もいない。しかし、嘗て俺は花形議員で金が有って嫌でも人が寄って来たが、今は金が無くて誰も寄って来なくなった。全く大金持ちから一文無しになった杜子春さながらだが、現金な信用できない煩わしいものがなくなってさばさばしていいものだよ。そう感じる俺は、少なくとも俗物以外の者だから君よりは幸福だ」 「ハハハ!全く話になんねえ、聞いて呆れて見て呆れる。さあ」とセイコ嬢は言いしな話を切り上げるべく手提げ鞄に向かい、「無駄話は無用、無用、お金、お金、連絡しなきゃ、連絡しなきゃ、今のあたし、てんばってね?」と忙しそうに言いながら携帯を取り出し操作し、「どうせ、お客さんはチョ~短縮バージョンの六十分コースでやんしょ!」と相変わらず馬鹿に仕切って言って勝手にしろと言わんばかりに頷く男を横目に電話を掛け、「あっ、お疲れ様で~す。セイコで~す。今着きました~は~い、え~と、お客さんは予約通り六十分コースを希望してま~す。は~い、分かりました~失礼しま~す」と極めて軽い調子で電話を済ませ、男からこの時だけ有難そうに料金を受け取って、「あざま、あざまる水産って感じ!アハハ!さてと、お客さん、バスルームっつうかあ、お客さんの場合は風呂場だよねえ、だよねえ、だよねえ、そうだよねえ~みたいなあ~アハハハ!なのでえ、あたし、まず風呂場でえ」と言い掛けた所で男が口を挟んだ。 「あの、私は風呂場のサービスは良いから、ここでまず、すまないけど脱いでくれないか」 「えー!ちょっと何それ~!有り得ないんですけど~この展開!マジやばいんですけど~このおじさん!」 「いや、やばいって君はデルヘル嬢だよ。脱ぐのは当たり前だろ。況して客である私は君の体を触る権利が有るのであってだねえ、それだけでOKと私は言ってるんだ。観賞させてもらって優しく触るだけさ。だから、良いだろ」 「だめ~!そんなの!」とミサキは言下に拒否した。「あたしがおじさんを触って、気持ち良くさせて、いかせるのがデリヘルの仕事っつうものなの!」 「いや、私はとてもじゃないけど君に体を許す気にはなれないんだよ」 「えー!何それ!何それ!何それ!それじゃあデリヘル呼んだ意味ねえじゃん!みたいなあ~っつうか、デリヘル呼ぶ資格ねえし~みたいなあ~っつうか、もう、意味分かんな~い!」  男は嘗て松田聖子のファンだったから、ここまでセイコ嬢の侮辱的な発言、態度を必死に我慢して来たのであるが、到底、この女には話が通じないと諦観するや、セイコ嬢を完全に軽侮して彼女に興味索然となり鼻白んだ顔を伏せたかと思うと気色ばんだ顔を上げ、「もういい!もう分かった!その儘、何もしないで良いから一時間経ったら出てけ!耐えられないならもう出てっても構わんぞ!」 「うわあ!めっちゃ切れてる~!ちょ~怖いんですけど、このおじさん!言われなくっても喉乾いてタピりたかったし、汗かいてフロリダしたかったから出てっちゃおうっと」とセイコ嬢は言うが早いか、ベッドから蹶然として立ち上がり、「ばいなら!あたし、店長に告げ口して、てめ~をブラックリストに載せちゃうもんね~だ!だから、てめ~は生きてるより親爺狩りにでも遭ってくたばっちまった方が増しなんだもんね~だ!」とデリヘル嬢と遊べなきゃ生きてる価値が無いようなことを言いながら部屋を後にした。 「確かにあんなのみたいな堕落した者と巧く付き合いが出来ないと世知辛くなるばかりだし、だからと言ってあんなのと巧く付き合う気には毛頭なれないからくたばっちまった方が増しだ」と男は思うのだった。「確かに俺は命を絶つ良い潮時を迎えたんだ。画家では食っていけないから就職して生き続けようとすれば、俗物に妥協し迎合し同調しなければならない必要に迫られ、そうすれば、狷介不羈な魂を持ち、孤高を持する俺にとって沽券にかかわるとても卑しい見苦しい生き方になり、日を曠くして久しきに弥る、そうした無駄に惰性で生き、馬齢を重ねる自分の虚しい堕落した為体を想像してみても命を絶つべきなのは火を見るよりも明らかだ」  そう覚悟した男は13日の金曜日の夜半、潔く自殺した。彼は武士道とは死ぬことと見つけたりと悟って切腹した侍と同様にニヒリズムの根を絶とうと自殺したのであって、それは意義あることだったのだ。こうなることを見込んで死の標的として男に白羽の矢を立てた老人は、亡骸の傍でほくそ笑んで呟いた。 「死に急ぎよった。わしの思惑通りに・・・」  老人はあの神と名乗りセイコ嬢に憑依してセイコ嬢をひよ子聖子ちゃんに変身させた死神の化身だったのだ。  
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