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麗蘭は、美術館にあるカフェにいた。窓際で佇む麗蘭の背中は、とても寂しそうだった。
麗蘭はまだ、僕と和哉がカフェの入り口に立っていることを知らない。
カフェに客はいなかった。いるのは、僕と和哉と麗蘭だけ。
「麗蘭はずっと無言で、いまにもないてしまいそうだった」
和哉が、ぽつりぽつりと話し始めた。
「美術館に着いても、一向に絵画を見ようとしない。
立ち止まったまま、歩くことさえしなかった」
窓の外を呆然と見つめる麗蘭に、僕は視線を移した。
「もう、俺の言うことは聞いてくれないみたいだな」
僕の隣に立つ和哉は、せつなげに遠くの麗蘭を見て溜息をついた。
「あんな深い仲だったのにな」
「深い仲だと?」
「ああ。だってそうだろ?俺と麗蘭には、互いに愛し合っていたのに」
「僕が邪魔をした、とでも?」
「それ以外に、理由があるか?」」
僕と和哉の愛大に、火花が散る。
やはり僕は、邪魔者なのだろうか。和哉と麗蘭が愛し合っていたなんて、考えたくない。
でも、それは紛れのない事実で。
僕が麗蘭の前に現れなければ、全ては丸く収まったということか。
「拓真さんっ…!」
甲高い声が、辺りに響く。
麗蘭が、僕に向かって走ってくる。
「麗蘭…」
僕は引き寄せられるように、麗蘭に近付いていく。
しかし、僕は戸惑った。僕は、麗蘭を抱きしめる資格などないのではないか。
麗蘭にとって僕は、和哉との仲を引き裂いた憎き敵のような存在。
だから、麗蘭を抱きしめてはいけない。
しかしそんな僕の躊躇を蹴散らすように、麗蘭は僕の胸に飛び込んだ。
僕はしっかりと、麗蘭を抱きとめた。
麗蘭は何度も僕の名前を呼んで、なかなか離れようとしない。
僕から離れまいと、しがみついているように思える。
麗蘭が僕に駆け寄ってきた時、麗蘭はぼろぼろと涙を零していた。
僕は、申し訳なさで一杯だった。
「ごめんね、拓真さんっ…ごめんね…」
「麗蘭」
「ごめんね…」
「もういいから」
「怒ってる…?」
「怒ってないから、もう泣くな」
顔を上げた麗蘭の涙を指で拭うと、かすかに麗蘭は微笑んだ。
「嬉しい…拓真さんが来てくれた」
再び僕の胸に顔を埋める麗蘭を愛しく思っていると、
「俺の存在、忘れんなよ」と、不貞腐れたように和哉が言い放った。
僕の胸から離れた麗蘭が、僕の手を引っ張った。
「ねえねえ、拓真さん。絵を見に行きましょうよ~」
子供のように駄々をこねる麗蘭に、思わず笑みが零れる。
「行きましょうよ~」
僕の手を握った麗蘭の手が、左右にゆらゆらと揺れる。
麗蘭は強請るのが上手くて、いつも僕は麗蘭の我儘を受け入れることになってしまう。
僕は、麗蘭の願いには弱いんだ。麗蘭が望むことは、何でも叶えてあげたいと思う。
僕は、麗蘭には甘いんだ。とてつもなく、甘い。
「仕方ないな…少しだけだぞ」
「ふふ、ありがとう。拓真さん」
僕は麗蘭と手を繋いで、カフェを出た。
「拓真さん、こっち!」
無邪気にはしゃぐ麗蘭は、僕の手を引っ張りどんどん先へ進んでいく。
「拓真さん、見て!」
麗蘭は絵画の前で立ち止まり、感嘆の声を上げている。
目を輝かせる麗蘭の横で、僕は静かに溜息を漏らした。
僕の溜息に気付かないほど、麗蘭は目の前の絵画を見つめている。
「さすが、麗蘭は目が高い。誰かさんとは大違いだ」
和哉の勝ち誇った顔が、僕に向けられる。
いつの間にか和哉は麗蘭の右隣を陣取っていて、僕は無性に腹が立った。
麗蘭が、今まさに感激しているその絵を描いた画家というのがー
「かずくん、すごい!さすがだねえ」
麗蘭の元恋人の佐久間和哉。和哉の絵を見せつけられるとは、思ってもいなかった。
素直な麗蘭は、僕の複雑な心境など知る由もない。
和哉に向かって微笑む麗蘭を見て、僕の胸の痛みは増す。
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