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『来なきゃよかった』
一瞬でもそう思ってしまったのは、麗蘭が和哉と楽しそうに笑っているからだ。
やはり、僕は来るべきではなかったんだ。
「あ…」
麗蘭は、黙りこくる僕の顔を見て申し訳なさそうな顔をした。
「麗蘭、驚くのはまだ早いよ。二階にも、僕の絵がある」
「えっ、本当?見たい…!」
「行こう」
「うんっ!」
麗蘭と和哉の愛は、まだ繋がっているんだ。
そう思うと、涙が出そうになる。
こんなに好きなのは、僕だけなのではないかと。
僕は、麗蘭の手を離した。
麗蘭はきっと、僕がいなくても生きていける。
二階の階段を和哉と笑い合って登っていく麗蘭を見て、僕は麗蘭に背を向けた。
「拓真さんっ…!どうしたの?」
僕がいないことに気付いたのだろう。麗蘭は僕を呼んだ。
僕は振り返って、階段の真ん中あたりにいる麗蘭と和哉を見た。
麗蘭は僕と目が合うと、笑って手招きをした。
しかし僕は、麗蘭から目を逸らした。麗蘭に再び背を向け、僕は歩き出す。
「待って、拓真さん…!」
麗蘭の声が、上から降ってくる。
もう一度振り向くと、麗蘭は階段を下りて下の方まで来ていた。
手すりにつかまり、麗蘭は僕を見ている。
だめだ、足を動かせ。麗蘭は僕じゃなくて和哉といる方が、幸せなんだ。
だから、邪魔者は去らなければならない。
僕は、止めていた足を動かす。
「行かないで、拓真さん…っ!」
せわしなく響くヒールの音が、僕に近付く。それでも僕は、足を止めない。
「私を置いていかないで…!一人にしないで…!」
麗蘭は、泣いている。
「どうして私のこと…離すの…?」
思わず足を止めてしまった僕の背中に、麗蘭が背後から抱きついた。
僕のお腹に回された小さな両手が、小刻みに震えている。
声も震えて、思うように言葉にできないようだ。
「わたし…拓真さんが好きだって…ずっと言ってるのに…」
麗蘭のすすり泣きが、聞こえる。
「どうしたら、拓真さんに…伝わるの…?」
僕は、麗蘭の両手にそっと触れた。
「麗蘭」
「うう…」
麗蘭の涙は、止まらないようだ。今も昔も麗蘭は泣き虫で、
だから僕が守ってあげなきゃいけない。和哉じゃなくてー僕が。
「麗蘭、わかったから。こっち向いて」
僕の背中から張り付いて離れない麗蘭の手を、僕は引き離そうとした。
しかし、一向に離れない。
「いやだ…離れないもん…」
「もう離さないから」
「ほんと…?」
「うん、本当。麗蘭の顔、見せて?」
「やだよ…わたしの泣き顔…」
「麗蘭」
静かに僕の背から離れた麗蘭は、僕と向かい合った。
「拓真さん…、もう離さないでね…」
「ああ、勿論だ」
麗蘭は、僕の胸にしがみついた。僕は、宥めるように麗蘭の背中を撫でた。
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