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「いやー、若は本当に情熱的でねえ」
大知はふっ、と笑った。
「そうそう。若はああ見えて一途なんすよ」
「ああ見えてって…」
麗蘭もくすくす笑った。
「なかなか、抜けられなかったんすよ」
「抜けられなかった?」
どういう意味なの?と麗蘭は健に尋ねた。
「何せ、あととり息子が組を抜けるだなんて言い出すんですからね。
親としては、許せることではないでしょう」
「そうですよね…」
麗蘭は俯いた。
「でも、若の決意は固かった。こうと決めたら考えを変えない若のことだ。
若のご両親も、さすがに折れましたね」
「そうなんすよ、姐御。まじで若はかっこいいっす!男の中の男って感じっす」
大知は興奮気味に話した。
「組を抜けてからというもの、若は姐御と一緒になるために
血が滲むような努力をなさってきたわけですよ!さすがは我らの若ですよ」
大知は深く頷きながら語り始めた。
「拓真はね、なかなか昔のことを話してくれないの」
麗蘭は寂しげな顔で言った。
「若があまり昔のことを言いたがらないのは、姐御に嫌われたくないからっすよ」
「わたし、そんなことで拓真のこと嫌いになんてならない。
教えて、拓真の昔のこと。知りたいの、わたし」
麗蘭のキリッとした声に、大知と健は深く頷いた。
「わかりました。姐御がそんなに言うなら、ちゃんと言います」
健が言った。
「若には、婚約者がいたんすよ」
「えっ……」
麗蘭は絶句した。
「あ、いや、その…婚約者というのは」
しどろもどろになった大知を見兼ねて、健が言った。
「大知、俺が言う。はっきり言わないと姐御にも失礼だからな」
健は麗蘭をじっと見た。
「若は高澤(たかざや)組という組の若頭で、親同士の知り合いの八旗(やはた)組のお嬢と婚約していました。政略結婚という形ではあったんですけど」
「政略結婚…」
「その八旗組のお嬢は、組のお嬢とは思えないくらい心の優しい人でした」
「姐御にすごく似てるんすよね」
大知がぼそっと言った。
「大知、余計なこと言うな」
「すいません、つい…」
混乱する麗蘭を宥めるように、大知は麗蘭の隣で、大丈夫っすから、と何度も呟いた。
「そのお嬢ー蘭子様は、とても体の弱い方でしたが綺麗な心を持った方でした。
政略結婚という名の婚約を交わしてはいたものの、二人の間にはすぐに愛が芽生えました」
麗蘭の手は、震えていた。
「若と蘭子様はとても仲が良くて、結婚も間近に迫っていた頃、
蘭子様は事故にあったんです」
麗蘭は目を見開いた。
「事故って」
「運転手は、飲酒をした後に軽い気持ちで運転をしていたと」
「飲酒運転ってこと?」
「ええ、そうです。飲酒運転で、かなりのスピードも出ていたそうです。
たまたま外出していた蘭子様は、運悪く事故に巻き込まれて…」
「そんな、ひどい…」
「なくなってしまったんすよ」
大知が、唇を噛み締めながら言った。
「若は蘭子様を失った悲しみで魂が抜けたような状態になって、
その寂しさを埋めるために若は、可愛い娘を見つけてはホテルに連れ込み…」
「じゃあ、あの時もそうだったんだ」
麗蘭は十年以上も前、拓真が女性とホテルへ入っていくのを
目撃した時のことを思い出した。
「ええ、たぶんそうだと思います。でも、姐御を見てはっとしたんでしょうね」
「わたしを、見て…?」
「ええ。蘭子様と姐御は、そっくりですからね」
「そっくりって…そんな」
「見た目も、双子かと思うほど何もかも似ていた」
「そんなに…」
「若は、蘭子様が帰ってきたとそう喜んで」
「でも、蘭子様じゃなくて姐御だった」
大知がぼそっと言った。
「若は、姐御だとはわかっていたんです。でもどこかで、蘭子様の面影を重ねていたんでしょうね。蘭子様にそっくりの姐御を気に入って、気づいたら姐御のことを…」
健は、麗蘭の顔を伺いながら静かに言った。
「そうだったんだ。わたしのことが、好きじゃなかったんだ」
「ち、違います姐御!若は、姐御のことが大好きっすよ!」
大知が叫んだ。
「いいなあ、そんなに…拓真に愛される蘭子さんって……」
麗蘭の声は、震えていた。
「あ、姐御…」
大知は呆然としていた。
健は慌てて、ティッシュ箱を差し出した。
麗蘭は黙ってティッシュを二、三枚取って涙を拭った。
「拓真の中には、蘭子さんがいる。わたしじゃない。拓真は、蘭子さんが好きなの。
蘭子さんに似ているわたしが…わたしのことなんか、好きじゃない」
「そんなことないっすよ、姐御。姐御は愛されてるっす。
それは、姐御だってわかってるじゃないっすか」
「大知、姐御も混乱してんだよ」
「でも…」
「蘭子さんが生きてたら、わたしのことなんて眼中に無い」
「そんなことないっす、蘭子様と姐御は似てはいるけど、同じじゃないっす」
「どこが違うっていうの」
麗蘭は溢れ出す涙を隠そうと、震えた声で言った。
麗蘭は手に持っていたティッシュを顔にくっつけた。
ティッシュは小刻みに揺れ、しっとりと濡れていた。
「それは…」
大知が言葉に詰まった。
健も、黙って床を見つめていた。
「姐御。若の愛は、間違いなく姐御に注がれてる。
蘭子様のことは、良い思い出として残ってるんすよ」
「大知の言う通りですよ、姐御。若は、姐御を心底愛してる。
それだけは、信じてあげてください」
「……うそ。拓真は蘭子さんに似たわたしを好きになった。
蘭子さんを重ねてるの、わたしに。こんなわたしなんか、愛されるわけなんてない」
「姐御…!」
健と大知が叫んだ。
しかし、麗蘭はその声を振り切るように外へ走っていった。
「わたしは、親の借金のかただから。
拓真は…拓真は、優しいからわたしを助けようとしてくれただけ。
愛なんてない。蘭子さんにはかなわないの。
馬鹿みたい、わたし、一人だけ拓真さんを好きになって」
麗蘭が去り際に残したその言葉だけが、健と大知に重くのしかかった
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