約束を果たすまで

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約束を果たすまで

僕は、麗蘭の幸せを奪ってしまったのかもしれない。 そんな罪悪感が、まとわりついて離れない。 麗蘭は、いつも笑顔で僕の傍にいてくれる。嫌な顔一つせず、僕との時間を心から楽しんでくれている。今まで感じたことがないような、とても心地の良い幸せな時間が僕を満たす。 こんな贅沢でいいのだろうか、と時々思うことがある。 麗蘭の心は、果たして満たされているのだろうか。麗蘭は、僕と過ごす時間をどう思っているのだろう。僕には全く、わからないんだ。道に迷うって、霧の中を進んでいくのって、こういう感覚なんだろうな。麗蘭は僕と付き合う前は佐久間さんと付き合っていたわけで、きっと楽しい日々を送ってきたのだろう。そんな日々を壊したのは、間違いなく僕だ。 僕が麗蘭の前に現れたのがいけなかったんだ。僕が現れなければ、麗蘭は僕のことを思い出すことはなかった。少なくとも、佐久間さんと別れることにはならなかったはずだ。 「焦ってんのか?」 佐久間さんの、自信たっぷりの姿が目に浮かぶ。 麗蘭は、佐久間さんに未練があるんじゃないかーそんな不安でいっぱいの僕を、僕の店に訪れた佐久間さんは、笑ったんだ。あの時の佐久間さんの余裕たっぷりの顔を思い出すと、今でも悔しくて、思わず唇を噛みしめる。佐久間さんは、麗蘭のことが大好きだ。だから、麗蘭を取り戻す機会を、秘かに窺っている。 「麗蘭が、まだ俺のことを好きなんじゃないかっていう、底知れない不安?」 僕は、焦っている。わかっているんだ。 麗蘭が、まだ佐久間さんのことが好きだということくらい。 でも、そんなことは考えたくない。 言い返そうと思っても、なかなか言い返す言葉が見つからない。 「ねえ、ねえってば」 僕は、麗蘭の綺麗な声で我に返った。 隣に座る麗蘭が僕の袖を引っ張っていたことに、僕はようやく気付いた。 今日はレストランの定休日で、僕は麗蘭とデートの真っ最中だったんだ。 折角僕のレストランに来てくれたのに、麗蘭をそっちのけで考え事をしてしまっていた。 「拓真さん、私の話聞いてた?」 麗蘭が、頬を膨らませて僕を見ている。そんな姿さえ愛しく思えて、僕は笑ってしまった。 「なんで笑うのっ!」 「ごめんごめん。で、何の話だっけ?」 「もういい…!」 麗蘭はぷい、と僕から目を逸らしてしまった。 「ごめんな、麗蘭」 僕が麗蘭の頬に両手を添えると、膨らんでいた麗蘭の頬はしぼんでいく。 麗蘭の顔は赤く染まっている。僕の目を見た麗蘭は、嬉しそうに微笑んだ。 麗蘭の機嫌は直ったが、僕の不安はなかなか取り除かれない。 それはきっと、佐久間さんと麗蘭の関係を知ってしまったからだ。 「拓真さん、どうしたの?何か、元気ない」 「気のせいだろ」 麗蘭は、僕の服の袖を再び引っ張った。 「大丈夫だって。何もないよ」 「でも、ぼーっとしてる」 「本当に何もないから」 麗蘭は、眉を下げてしゅんとしてしまった。 「私じゃ…力になれない?」 麗蘭は、僕が元気がないことに気付いて、力になろうとしてくれている。 嬉しい反面、僕は否定も肯定もできずに黙ってしまった。 「そっか…」 麗蘭は、静かに立ち上がった。 麗蘭は、本当に僕のことが好きなのだろうか。 佐久間さんのことがまだ好きなのに、 僕を好きになろうと無理をしては、いないのだろうか。 麗蘭のちょっとした行動でも敏感に本能してしまう僕は、 いつになったら不安を拭えるのだろう。 「たーくーまーさーんっ」 麗蘭の声が後ろから聞こえた。と同時に、僕の左右の肩は柔らかい温もりに包まれる。麗蘭の、小さくて温かな手が、僕の肩にー 「肩、凝ってるでしょ?」 ふふ、と言いながら麗蘭は僕の肩を揉む。優しく優しく、労わるように。 涙が出るほど嬉しいのに、僕は心にもないことを言ってしまった。 「やめてくれ」 僕の肩を揉んでいた麗蘭の手が、ぴたりと止まった。 麗蘭の手は、すぐに僕から離れていく。 「ごめんね。嫌だった…?」 僕は無言を貫き、立ち上がって歩き出した。 素直になれない僕の耳に、小さな麗蘭の声が届いた。 「ごめんね…、もうしないから」 振り向くと、麗蘭は僕に背を向け、歩き出していた。 「麗蘭…!」 思ったよりも、大きな声が出てしまった。 僕の声に驚いた麗蘭は、僕の方を振り向いた。 「待て、どこへ行く」 僕は麗蘭に駆け寄り、手首をがっしりと掴んだ。 「拓真さん…」 麗蘭の瞳が、揺れる。 「どこへ行くのかと、聞いている」 体が勝手に動いた。麗蘭を離したくないという気持ちが、どんどん膨らんでいく。 「だって…私が勝手に肩を揉んだから…」 「質問の答えになってない。どこへ行こうとしていたと、聞いているんだ」 「どこにも…」 「どうして僕から、離れたんだ」 「拓真さん、怒っているんでしょう?私が拓真さんの肩を揉んだのが、気に入らなくて…」 「誰がそんなこと言った?」 「だって、さっき…やめてって」 「…嫌じゃない」 「えっ?」 「気が変わった。肩が凝ってきたから、揉んでくれ」 僕は、麗蘭の手首を掴む力を強めた。 「もう…拓真さんったら」 照れ笑いを浮かべる麗蘭の手首をそっと離すと、麗蘭は手首を擦った。 「ごめん、痛かったか?」 「ううん、大丈夫」 大丈夫と言いながらも、僕が先程まで掴んでいた部分を何度も麗蘭は擦っている。 強く握りすぎてしまったようだ。 「麗蘭」 「なに?」 麗蘭が手首を擦る手を止め、僕を見た瞬間ー 僕は麗蘭の手を引っ張り、胸に閉じ込めた。 「…後悔、してないか」 「えっ?後悔って?」 「佐久間さんと別れて…僕と付き合ってること」 麗蘭は、黙ってしまった。やはり麗蘭は、佐久間さんのことがまだ好きなんだ。 無理して僕に付き合ってくれているとしたらー 「もう、何言ってるの。私は、拓真さんのことが好きなの」 麗蘭は、僕にはっきりと言った。 「ねえ、拓真さん。この椅子に座って」 麗蘭は僕の胸から離れ、近くにある椅子を指さした。 「早く~」 麗蘭が、口を尖らせて拗ねるように僕を見つめた。 僕は麗蘭の言う通りに、椅子にゆっくりと腰を下ろした。 「ねえ、拓真さん。こっち向いて」 麗蘭は、僕が座る椅子の左側に立って僕に微笑んだ。 麗蘭が、なんだかとても楽しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。
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