第1章 夢のノロッコ号

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「心愛ちゃん、ねえってば」 僕が彼女を優しく揺すっても、なかなか顔を上げてくれない。 可愛い顔が、見えない。そんなの、嫌だ。 「心愛ちゃんってば。呆れてないよ、僕は」 「…」 彼女は無言を貫き通す。 「ごめん、そんなつもりじゃなくてね」 「じゃあ、どういうつもりなの」 彼女はテーブルに突っ伏したまま、籠った声で聞いた。 「んー、だからその…」 「可愛げがないって思ったんでしょ?」 彼女はふと顔を上げ、僕をじっと見た。 「そんなこと言ってないじゃないか」 「…もういい。何もいらない」 彼女はまた、テーブルに顔をくっつけた。 ああ、またすれ違っている。どうしてこうなっちゃうんだろう。 悶々としている僕に助け舟を出してくれたのは、マスターだった。 「まあまあ。落ち着いて」 そう言って彼女の目の前に置かれたのは、 温かな湯気を出している白い液体が入ったカップだった。 彼女が、マスターの声に顔を上げた。 「これは?」 彼女がマスターに尋ねた。 「何でしょう?」 マスターは笑っていた。 「いただきます…」 「召し上がれ」 一口彼女がその液体を飲んだ瞬間、彼女は声を上げた。 「あ!ホットミルク!美味しい…」 「ホットミルク?」 どれどれ、と僕は彼女が口をつけたカップに手を伸ばし ホットミルクを口に流し込んだ。 その時に、彼女が目を見開いて顔を真っ赤にしていたことは、 目の前の僕とマスターだけが知っている。 「ひろくん…!」 彼女の顔がみるみるうちに口紅色に染まる。 真っ赤じゃないか、ものすごく。 「ど、どどどっど、どうして…」 彼女は慌てふためいている。 そう、目の前の彼女は頭から湯気を出して… ーん?湯気を出して? 「うう~」 彼女はポットのように湯気を出した頭を僕の胸に押し付けた。 「心愛ちゃん?大丈夫?心愛ちゃん?」 僕は彼女を顔を見た。真っ赤。 「しっかりしてよ」 「だって…ひろくと、間接キス…」 「何だよ、今更。今まで何度もキスしてるだろ?間接キスごときで…」 「ぬう…」 彼女は僕の胸から離れない。 ―待てよ、『ぬう』ってなんだよ?『ぬう』って…。 「参ったなあ、もう」 僕は笑いながらも、満更ではなかった。 大好きだ、心愛ちゃん。 改めて、そう思う。日に日に、彼女への思いが強くなる。 「心愛ちゃん」 そう言って、僕は彼女を胸から引きはがそうとしたが、 「もう少しだけ」 と言って甘える彼女に、 「仕方ないなあ」 と呟いて、僕は彼女を抱き締めた。 「覚めちゃうよ、美味しいホットミルク」 「いいの、そのくらいがちょうどいい」 「だめ。僕との恋を覚ますつもりか」 「違う。ホットミルクの話でしょ?どうしてそうなるの?」 「だって…覚ますんだろ?」 「覚まさないもん!ずっとアツアツだもん、私達…」 言っている途中で恥ずかしくなったのか、 彼女は僕の胸にぎゅっとしがみついた。 「…そうだね。アツアツだよね、僕たち」 「うん!」 僕と彼女は笑い合い、ホットミルクを美味しそうに ごくごくと飲んでいた彼女の手を、強く強く、握りしめた。
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