第1章 夢のノロッコ号

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「また来ようね」 「うん!」 そうして、僕と彼女は美術館を出て帰ろうとした。 「ねえねえ、ひろくん!こっち行ってみようよ!」 彼女の指差す先には、街中の美術館には不似合いな 木が生い茂った小道があった。 道はずっと先まで続いている。 地面は茶色の土で足場は固すぎず、柔らかい。 「この先には、何があるんだろう」 彼女の輝く目に、曇りはない。 つまり、どうしてもこの先の小道を歩いてみたいということだ。 やれやれ。やっと美術館を出られたと思ったら、今度はこっちか。 寄り道が多いな。 「仕方ないな。行ってみる?」 「うん!」 まるで飼い主に褒められた子犬のようにはしゃぐ彼女。 言っておくけど、僕はそんなに優しくないぞ。 「はやくはやく!ひろくんってば~!」 彼女は僕の手を引っ張って歩きだした。 恐らく無意識なのだろうが、 僕の心を再びかき乱す君は何事もなかったかのように、 僕に笑顔を振りまく。狂いそうだ。 ここには全く人気がない。二人きりだから、何をしてもー 「ひろくん、どうしたの?はやく!」 足を止めていた僕は、我に返った。 僕はなんてことを考えていたんだ。 少しでも淫らなことを考えていた自分が恥ずかしい。 こんなに純粋な彼女を困らせようとしていたなんてー 「ひろくんっ」 気付けば彼女は、僕の手に自分の手を絡めていた。 「心愛ちゃん」 「行こうよ」 「うん、行こう」 少し歩いていくと、徐々に視界が開けてきた。 「わあ!」 目の前に広がっていたのは、広々とした緑の野原と、 まるで物語にでも出てきそうなオレンジ色の洋館だった。 「すごい!」 「本当だ。こんなところがあったんだな。知らなかった」 「物語に出てきそうなオランダの家、みたいな」 「ほんとだね」 その時、強い風が吹いた。 僕と彼女は思わず目を瞑り、繋いでいた手の力を強めた。 その時、どこからともなく声がした。 「来てくれたんだね、嬉しい」 「誰?」 彼女はきょろきょろと辺りを見回した。 しかし、誰もいない。 「誰だろう、声が聞こえる」 僕も驚いて周りを見るも、だれもいなかった。 「気のせいかな」 「気のせい、かもね」 僕と彼女は首を傾げながらも、笑って広い野原を後にして小道を進んだ。 この時の僕と彼女はまだ知らなかった。 あの野原で聞こえた声が、気のせいではなかったということにー。
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