第1章 夢のノロッコ号

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僕は、彼女を探した。 彼女は、すぐに見つかった。 彼女は、カフェにいた。 大きなガラス窓の近くで遠くを見つめる彼女は、 心なしか悲しい目をしているように見えた。 僕は彼女に駆け寄り、静かに後ろから抱き締めた。 「こーこーあちゃん」 返事がない。 僕は、彼女の顔を覗き込んだ。 「ねえ、心愛ちゃん」 「なに?」 「だめだろ?勝手に僕から離れちゃ」 「いいでしょ、別に」 「なに拗ねてるんだよ」 「拗ねてないもん」 「拗ねてる」 「拗ねてないってば!」 彼女の透き通った声がカフェに響いた。 「なんだよ、可愛くないな」 彼女は、明らかに傷ついた顔をした。 「私は他の女みたく可愛くないもん。そういうの求められても困る」 「そんなことないよ。心愛ちゃんは、可愛い。」 「そんなことあるもん。可愛くなんかない。」 「心愛ちゃん」 「あの受付の人、すごく綺麗だったもんね。 それに私、妹にしか見えないくらい、色気ないし。 大人に見られなさすぎて悲しくなってくる」 彼女は静かに溜息をついた。 「やっぱり私、大人になれてないんだなあ…」 彼女は俯いた。 彼女にだんだんと深く黒い影が、すーっと伸びていく。 受付をしたとき受付嬢が発した言葉が、 不本意ながら彼女の心を不安定にした。 「可愛い妹さんですね」 僕と彼女は、目を丸くした。 彼女はあどけない顔をしているから、妹と間違えられても仕方がない。 僕は何も気にならなかったが、彼女は多少のショックを受けていたようだ。 「妹じゃなくて、彼女なんです、僕の」 「えっ…ああ!そうだったんですね。失礼致しました…」 受付嬢は申し訳なさそうに深く頭を下げて言った。 彼女は俯き、黙っていた。 それからというもの、彼女は機嫌が悪い。 「心愛ちゃん、こっち見てみようよ」 僕が彼女の手を引っ張り歩こうとしても、 彼女はその場から一歩も動こうとはしない。 「心愛ちゃん、行こう」 僕に無言で抵抗する彼女。 「ほら、行くよ」返事はない。 しかし先へ進まなければ、時間はあっという間に過ぎていく。 渋々、彼女は僕についてきた。
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