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第八話 エールを送る
結局私は修平と久しぶりに会うことにした。
「俺もそんなふうに愛に溺れてみたいよ」
そう言って中華料理屋の椅子に腰を落ち着けた修平は、この六年の間に結婚して子どもを一人設けている。
「私は溺れてるのかなぁ・・・」
修平は私と付き合っているときに近くに勤めていた商社のOLたちと飲み会をして、とびきりフィーリングの合う娘に出会ってしまったと言ってきた。
ただ新しい彼女ができたから別れてくれと言えばいいものを、お前はなんていうか、暗すぎるよなどと無理矢理私の欠陥を羅列してみせ、別れなければならない理由を述べて自分を正当化した。
「ホント、羨ましいよ。独り身のうちに思い切り恋愛しておくんだな」
そう言うと修平は、海外旅行も行っておいた方がいいということと、映画も子どもがいるとアニメや戦隊モノぐらいしか見られないのでいっぱい観ておくんだなと言い足し、こう忙しいとやりたいことが次々とみつかるんだよと洩らした。
「仕事、忙しいんだ」
すると彼はまあなと言って足元からブリーフケースを持ち上げて中をガサゴソとやった。
「ほら。いつも退職届持ち歩いてるんだ。このぐらいの覚悟がないとこの仕事やってられないよ」
「ふーん」
曖昧に相槌を打っていると、修平の携帯が鳴った。
なぜだか着信音は競馬のファンファーレだった。
こういうアホくさいところはけっこう嫌いじゃなかった。
「うん、わかった。買ってくよ。え、ホント?ごめん、ごめん。じゃあ」
奥さんからの電話を切ると、修平は帰りにマヨネーズを買ってきてくれだってさ、とやってられないという顔をした。
「あいつ何にでもマヨネーズをかけるもんだから消費量がすごいんだよ。唐揚げにもかけるんだぜ。おかしいよ」
「・・・。それは普通じゃない?」
修平は携帯をポケットにしまうと、え、そうなの?と言うので、私もつけるけど、と言った。
「それより何謝ってたの?」
「ああ、ワイシャツの胸ポケットに名刺を入れたまま洗濯しちゃったんだってさ。確認しろっつーの」
心の中で現実的な話を沢山ありがとうと思った。
きっちり割り勘で精算をすると、小銭でいっぱいの財布をしまいながら修平は言った。
「結婚したらさ、朝ベランダから奥さんが手を振ってくれたりするもんだと俺は思ってたよ」
そういえばこいつは少しロマンチストなところがあった。
「新婚さんでも私なら絶対しないわ」
「・・・・・・。お前はそういう女だったよな。あーあ、あいつは俺が先に死んでもたくましく生きるタイプだぜ、きっと」
私はもう苦笑いするしかなかった。
駅までの帰り道、今度は子どもの育て方の考え方の違いなどを延々と語り聞かせてくれた。
「俺は子どもが悪さしても怒らない親にはならないぞー!」
そう叫んだかと思うと、修平はうっと言って口元を押さえて歩道に嘔吐し始めてしまったので、私は大丈夫?!と言って背中をさすった。
同じものを飲み食いしていた私はおもわずもらいゲロしそうになったが、なんとか自分を抑えながらパパ頑張ってくれと思っていた。
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