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第十二話 そうでなきゃ困る
感情的になって功太郎に電話してみてはみたものの、久しぶりに耳にする彼の声はなんだか少し迷惑そうな響きがあった。
それもそのはずで、私から別れようなどと言っておいてほんの三週間しか経っていないのだし、彼が筋トレの真っ最中であったからのようだ。
彼という人は中肉中背の割には普段から造作もないという様子で重いものを持ってくれたりするところがある。
着痩せするタイプのようだが、恐らく顔に似合わず意外と筋肉質な体をしているのだろう。
私の心境としては、今すぐにでも彼に会って謝りたいと思ったのだが、一、二時間ほど時間をつぶしてくれと言われてしまった。
もともとはさやかと律子とランチをする予定だったので、急に空腹であることに気が付き、仕方がないので近くの立ち食いそば屋にふらりと立ち寄った。
瞳を含む私以外の三人はチェーン店の牛丼屋や、寿司屋のカウンター席などでも一人で気にせず入れるのだが、私はどうもこういうところがニガテでおどおどしてしまう。
周りのおじさんや学生などが私のことを異星人を見るような目つきで見ているような気がするのだが、恐らくはただの思い込みなのだろう。
注文したそばが目の前に置かれると、私は不器用に備え付けの薬味ケースから天かすをトッピングしてズズズズとそばをすすり始めた。
人に気を配ったことなどないと思っていた瞳が、自分の彼に思いを寄せる親友を気遣ってくれていたのかと思うと、思わず胸がいっぱいになって私は箸の動きを止めた。
知ることのなかった瞳の一面を知って、勝手に彼女に罪悪感を抱いて四苦八苦していた自分を小さい人間だなと思った。
無理に残りのそばを胃に押し込むと、私はまたふらりと店を後にして電車で二駅先の大きな駅ビルがある町で下車をした。
婦人服の売り場をうろうろすると、買う気など全くないのに試着したりした。
そば屋にしろ試着にしろ、今日は普段自分が得意でないことをなんとなくしてみたい気分だった。
夢中になって服を物色していると、後ろから私のバッグをひったくるように奪い取ってきた人がいたので私は、はあ~!という間の抜けた声を出すと後ろを振り返った。
そこには険悪なムードで別れて以来の功太郎が笑いながら立っていた。
「普通キャー!とか何するの?!とかじゃないか?相変わらず抜けてるな」
そう言って目の前でバッグを振ってみせる彼に私は何よ!と文句を言おうとしたのだが、気が付くと二人で笑ってしまっていた。
「白紙に戻したくなったんだろ」
「何が?」
駅ビルを出て歩き出すと唐突に功太郎は言った。
「別れようか・・・ってやつ」
功太郎が愉快そうに笑いながらそう言うので、私は本気だったのよと彼を小突いた。
「そうか?俺はてっきり祥子の新手のギャグかと思ってたよ」
彼が何事もなかったかのように淡々としているので、私は思わず口が滑った。
「あのねえ、あのときの私はホントにあなたと別れて傷心に耐えきれずに修平と会っちゃったんですからね」
私がどうだという様子で功太郎をちらりと見ると彼は顔色一つ変えず、そうなんだ、彼元気だった?と言った。
「ちょっとー、嫉妬とかしないの?」
「嫉妬させるために言ったのか?」
功太郎が平然と言うので私はうっと口ごもってしまった。
「どうせ飲みに行ったとか飯を食っただけだろ?そんなの俺だって年中してるよ」
「えー?!誰とよ」
私が途端にオロオロして泣きそうな顔をすると彼は思わず吹き出した。
「ウソだよ。俺の新手のギャグ」
勘弁してくれよと思いながら私は再び功太郎の二の腕を小突いた。
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