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第十四話 more or less
入道雲がもくもくと空一面に広がっている。
「私はあの子への愛情表現がうまくできていなかったのだと思うわ。謝れば済むという問題ではないと思うけど」
私は何と言ったらいいのか言葉が見当たらなかったが、彼女に瞳のような娘を持てたことを誇りに思っていいと思う、そして私も瞳の友達になれたことを幸運だと思うと言った。
「言い訳のように聞こえるかもしれないけど・・・、瞳を手放した頃私はアルコール依存症で自分をコントロールできる状態ではなかったの」
そんな私的なことを娘の友達に打ち明けてもいいのだろうかと思ったが、私は曖昧に頷いた。
「夫ともうまくいかなくて、自分の身を守ることばかり考えていたの」
「そうですか・・・」
打ちひしがれた様子の彼女を前にして私は頭の中で瞳に語りかけた。
あなたが思っている以上にお母さんはあなたに申し訳ないと思っているみたいよ。
「犯人の目星がつけば私はきっとそいつを殺しに行くわ」
出し抜けに低い声で彼女はそう呟いた。
「知ってらしたんですか?」
瞳の身の危険のことを相談されていたのは自分だけだと思っていた。
「ええ、姉夫婦には心配をかけないために黙っていたみたいだけど・・・」
「そうですか・・・」
犯人は瞳に以前交際を申し込んだ男なので調べてみてわからないことはないと思うのだが、そのこと彼女に言うのはやめておいた。
そんなことを言ったら彼女はきっと意を決して亡き娘の報復をするに決まっている。
私は数秒間彼女と視線を交わすと、別の世界へ行ってしまった瞳よりも周りの人間の方が精神的な被害を受けているなと思った。
「引き返すことができるのなら、瞳を手放す前に戻りたいわ」
耳を澄ますと、どこからか水がちょろちょろと流れる音が聞こえてくる。
「瞳を養子に出した後、連れ戻そうと思ったことはあるんですか?」
真っすぐ見つめる私から彼女は視線を逸らした。
「ええ。医者の目を盗んでよく様子を見に行っていたのよ」
「えっと、治療をする施設からですか?」
くたびれた表情をした瞳の母親は黙ってこくりと頷いた。
「腎臓も悪くしてしまって・・・。完治したらすぐに会いに行くはずだったのだけど・・・」
そういう事情があったのかと思った私は思わず湿った地面に目を落とした。
「姉の方があの娘を育てるのに相応しいんじゃないかと思えてしまったのよ」
「あの・・・、それでも瞳はお母さんの迎えをずっと待っていたと思います。病気と闘いながらもなんとか頑張って瞳を育てられなかったんでしょうか」
なんとなくとげのある言い方になってしまった。
「そうね・・・」
彼女は何度か頷いてあなたの言い分が正しいわと言った。
「私はまだ若くて考えが甘かったのだと思う。 夫なんていなくても一人で瞳を育ててみせると意気込んでいたけど、病気をしてちょっと体調が悪くなって自分の思うようにいかなくなるとあの娘にあたってしまったの」
ここで彼女は少し歯切れが悪くなった。
「ある日あの娘に対して暴力的な言葉を浴びせたり、手をあげている私を目にして姉夫婦が瞳に被害が及ぶ前に私と少し距離を置かせた方がいいと言ってきたのよ」
「瞳の母親としては不十分ということですか?」
私は何となく瞳の母親の言葉全てが自己弁護のように聞こえてしまい、苛立ちに近い感情を抱きはじめていた。
「手を伸ばしたら届くところに瞳はいたのに自分は母親として適切ではないと思い込むなんて愚かなことです。彼女が不運です。」
最後に私は語気を強めた。
瞳の母親はすまなそうな顔して私にごもっともだという意思表示をした。
「私は子育てから逃避していたんだわ。体のことや夫のことは口実にすぎないわね」
瞳の母親は両の手の平で私の手を握ると深々と頭を下げた。
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