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第十五話 視界は開けた
私と功太郎は以前では考えられないが、今や一緒にお風呂に入るほどの仲になってしまった。
「へえ、遠目に見ても瞳の母親だってわかったんだ」
健康的な上半身をユニットバスから出している功太郎がそう聞いてきたので私はこくりと頷いた。
あまり彼を発情させることのできる体ではないことを自覚している私は、一緒に入っているバスタブからできるだけ泡で体を覆いながら身を起こした。
「二言、三言交わしただけで悪い人じゃないってことはなんとなくわかった」
私がそう言うと功太郎は不服そうな顔をして祥子はお人よしだなと言った。
「お人よし?どうして」
「亡くなった娘の友達を前にして無愛想に振舞う母親なんていないよ」
「でも、けっこう痛々しいっていう感じだったけどな」
功太郎は顔を曇らせたまま向き合っている私の手首を掴むと、背中に回って羽交い絞めのような格好をした。
思いのほか力強かったので思わず私は体を強張らせてしまった。
「いくら病が原因だからってやっぱり生んだ子供を手放すのは無責任だよ」
人のことは言えないが、この人も相当瞳の生みの母親がとった行動が気に食わないらしい。
私は彼の体に身を任せながらも、お風呂だと避妊具は使わないのかなどと関係ない事を考えていた。
「でも、後先を考えないでとった行動ではないと思うわよ」
私の腹部の上で手を組んでいる彼のすねを私は両方の手でゆっくりとなぞった。
彼のすねには女の私なんかよりも体毛が存在しなく、すべすべで赤ちゃんのような肌をしている。
「なんで祥子が釈明してるんだよ」
そう言って彼は私の少し無駄肉がついた脇腹の皮をびよ~んと両方の手で引っ張った。
くすぐったくて身をよじった拍子に片目に石鹸の泡が入ってしまった。
「もう、目に入ったでしょ!」
私は彼の方に振り返ると喉仏の周りを両手でふざけて締め上げた。
二人していつもこんなくだらない応酬にエネルギーを費やしてしまい、実際のベッドでのやり取りはえらく淡白である。
「瞳のお母さんは自分が瞳に対して間違ったことをしたなんて百も承知なのよ」
そう言う私に彼はそれでも納得できないという顔をして瞳を取り戻したいと思ったときに彼女は逡巡しないで瞳を引き取るべきだったんだと言った。
それを聞いてこの人は瞳のことを本当に大事に思っていたのだなとしみじみ思った。
「でも、瞳が息を引き取る前に和解してたのを聞いてなんだかほっとした」
彼がそう言うので私は再び振り返って彼の肩をポンポンと叩いた。
「そうよ。結局のところ瞳は彼女のことを恨んだりなんかしてなかった」
彼の長い首に抱きつくと自分の胸が彼の胸板にぬるりと擦れる感触がした。
「ねえ」
「うん?」
「たまには愛の言葉を囁いてはくれないの?」
するとぶっきらぼうな声で熱愛中のカップルとかなら言うんじゃないか?と言った。
「それじゃあ、私とはなんとなく付き合ってるわけ?!」
私が鼻息を荒くすると彼は目じりを下げて笑った。
「すぐムキになるのな」
「そういう気質なんだから仕方ないでしょ!」
彼は相変わらずくすくすと笑うと、ホント血の気が多いよなと言った。
「お前ってさあ・・・」
また何か小馬鹿にしてくるのかと思った私は彼の言葉を遮った。
「何よ、いつもけんか腰?それとも何を言われても取り乱すとか?」
まだ続けようとする私の言葉を今度は彼がいいから黙って聞けと遮った。
「お前といるとなんか楽しいよ」
突然何を言い出すのかと多少面喰らった。
「ちょっと滅茶苦茶で子どもじみたところがあるけどな」
そんなことを改めて言われると、今更ながら上半身が丸見えなのがなんだか恥ずかしくなってきた。
「お前から付き合おうって言われたとき、俺は迷わなかったよ。何て言うか・・・、祥子は人を惹きつける要素を十分持ってると思う」
私の中で今まで燻り続けていた何かが、ようやく解消されたような気がした。
「あ、ありがとう・・・」
何と言ったらいいのかわからなかったので、とりあえずお礼を言った。
思わず声が擦れてしまった。
「祥子が瞳の親友だったからって俺に後ろめたさはない」
「うん・・・」
言葉数が減ってしまった私に、彼はなに急にしおらしくなってるんだよと笑った。
「ありがとう・・」
もう一度喉の奥から声を絞り出してそう言うと、思わず目頭が熱くなった。
頭の中はなんだか空っぽだった。
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