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第十七話 ノロシ
瞳の育ての親御さんのもてなしはすごいものだった。
忙しなく動き回る瞳の母親に、私たち三人は何か手伝えることがあればと申し出たのだが、いいから、いいから座ってお父さんの相手をしてあげてちょうだいと言われてしまった。
私たち四人がかしこまって正座をしている十二畳ほどの居間の隣にはもう一つ同じぐらいの間取りの和室が設けられていて、そこには短命でこの世を去った瞳の遺影が飾られてある。
この家は大きい道路から小道を入ったところにあるので、家中が静まり返っている。
周りには田圃があって、木製の電柱というのを私は生まれて初めて目にした。
この辺りでは物騒という言葉を使うことはないのではないかと思えてしまうほどのどかだ。
呼び鈴は一応あるようだが、周りの民家の人たちが瞳の友達が訪ねてきたといっては挨拶に来た。
「道には迷わないで来られましたか?」
玄関では無口だった瞳の父親が若い娘三人を前にして熱心に話しかけてくれている。
「はい。駅から逆方向のバスに乗りそうになりましたけど、大丈夫でした」
私がそう言うと、瞳の父親はたばこを深々と吸って、それはよかったと言った。
「静かでいいところですね」
さやかがそう言うと、瞳の父親はいやあ何もないところでね、不便ですよと笑った。
「わざわざ遠くから来ていただいて、本当にありがたいわ」
瞳の母親は台所から刺身や煮物がごっそりとのったお盆を、バランスを取りながら運んできた。
私なら絶対につんのめるなと思った。
瞳のご両親は娘と死別してから約一年経って、なんとか現実とは思えない現実を受け入れようとしているようだった。
マイペースに話す瞳の母親と、もともと渋面と思われる父親の間には長い時間をかけて築き上げられた夫婦の繋がりのようなものを感じた。
瞳はこの人たちの娘として育てられて、全然不運などではなかったのだなあと改めてホッとした。
生前瞳は私たちのことをよく両親に話して聞かせていたのか、名乗っただけで彼らは私たちそれぞれのことを認識できたようだった。
「本当に瞳は幸せね。こんなふうに訪ねてくれるお友達や先生に出会えて」
ね、お父さんと言って瞳の母親は父親に同意を求めた。
「先生というのは?」
誰のことだろうと思い、私は瞳の母親に質問した。
「高校の頃の先生だそうで、瞳は優秀な生徒さんでしたなんておっしゃってくださってね、億劫がらずによくお線香を上げに寄られるのよ」
それを聞くと、私たち三人はなんとなく違和感を覚えて顔を見合わせた。
私たち四人の中でも瞳は群を抜いて成績が悪かったからだ。
お世辞にも成績がよかったなどとは言えないはずだ。
「そうなんですか・・・。何先生ですか?」
両親を目の前にして娘さんは著しく成績が悪かったはずですよね、とも聞けないので代わりに気になったことを聞いてみた。
「亀田先生とおっしゃってね、数学は瞳の得意分野でしたよって」
その名前を耳にしたとき、私は一瞬にして体中の血の気が引くのを感じた。
「亀田先生ねえ、そんな珍しい名字の先生いたかしら?」
不思議そうに首をかしげる律子に対して、さやかはうちはマンモス校だったからねえ、私は担任の名前ぐらいしか覚えてないなと言った。
瞳ぐらい目立つ生徒ならばそのような先生がいてもおかしくはないかもしれないという結論を出している二人の横で、私は予感的中だと思っていた。
逆恨み。
私たちの高校の教師に亀田という名前の人物はいなかった。
私の知っている亀田は瞳が以前交際を強要された上司の名前だ。
あまりにもしつこいというので、なるべく関わらないようにしろと何度も瞳に釘を刺していた男だった。
いくら関係を求めても取り合わない瞳への報復だったのだ。
瞳の両親に私が取り乱していることを気が付かれないよう、それからはなるべく平静を装っていたのだが、いつの間にか外が暗くなったので、そろそろお暇しようとさやかが律子にもちかけた。
瞳の実家を訪ねているのが高校時代の恩師ではなくかつての上司だからといって、彼を犯人だと断定するのはおかしいのかもしれないが、私の心の声が間違いなく彼が犯人なのだと訴えかけてくるのがわかった。
犯人の目星がつくと、本来の瞳の寿命のことを改めて考え、怒りが心頭してきてしまった。
睡眠をとってもうなされてすぐに起きてしまったり、ドアスコープや新聞受けから瞳の家の中を覗く男の夢をみてしまったりする。
すっかり不眠症になってしまった私は、いてもたってもいられなくなり、明け方の薄明かりの中で、はっきりさせなければならないと思った。
瞳にも隙があったのかもしれないが、このままでは浮かばれない。
「ヤツの正体を暴いてやるからね」
絶対、絶対捕まえてやる私は心に誓った。
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