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第十八話 ゲリラでやるしかない
意気込みだけはすごかった私だが、瞳のかつて勤めていた会社の入っているオフィスまで実際に足を運ぶと、途端に及び腰になってしまった。
自分の身を瞳の高校時代の恩師だと偽っているその男は、私なりに調べたところ、仕事の面では同世代の中でも抜きん出ていて、人当たりもかなりいいようだった。
彼の人相を見てもとても一回りも年下の女をストーキングする男とは思えない。
誰が見ても気立てのいいサラリーマンという風貌の男の正体を暴くため、私は仕事を終えた彼の後をつけて、どのような私生活を送っているのかこの目で見てみようと思った。
頭の隅で、これでは私がストーカーではないかと思いながら。
表向きは紛れもなく幸せな家族のように見えた。
夫婦間に確執があるようには見えないし、間違いなく彼の遺伝子を受け継いだと思われる小学校低学年ぐらいの息子とも家の前の道路で遊びながらハイファイブをしてみたりと、ありふれた家族の様子を見せられてしまった。
ここ何日かで目にした様々な場面を思い出してみても彼を攻撃すべき点は見当たらなかった。
もう自分のすべきことはないのかなと思いながら、私はいつもの電車に揺られてアパートに帰宅した。
「ただいまあ」
力なくパンプスを脱ぎ捨てると、台所のシンクの足元に置いてあった両親からの仕送りの段ボールに激しく足の指をぶつけてしまった。
「痛!」
弟が学生なので私もあやかって仕送りを受けているのだ。
「ちょっとー純一、こんなところに置きっぱなしにしないでよ!」
あまりの痛さに不快な気分になり、思わず本気で居間にいる弟を怒鳴りつけた。
「・・・・・・」
居間からはテレビの光が見え隠れしているのに返事がない。
私は仕送りの中身をガサゴソと確認すると、居間に足を運んだ。
そこで私はまたしてもあるものにつまづいて手を突いて転んでしまった。
「うわ!何?」
床の上には弟がテレビをつけっぱなしで寝転んでいた。
こんなところで寝て、と思い弟の顔を覗き込んだ。
「純一?」
私が弟を揺さぶり起こすと、彼はうーんと呻き声をあげた。
「大丈夫?あんた具合でも悪いの?」
弟の顔色が恐ろしく冴えないのと、その呻き声を聞いて何か普通ではないと思った。
「純一?」
病院にでも連れて行った方がいいものかと思いながら弟に声を掛け続けると、彼はやっと薄く目を開けた。
「大丈夫?どこか痛いの?」
そう言って覗きこむ私の顔を目にした次の瞬間、弟は両目をカッと見開いた。
「うう・・・」
そのあまりにも真剣な眼差しに、私は彼が何か脳梗塞などでも起こしたのではないかと思ったのだが、今度は私の方が心臓発作を起こすのではないかと思った。
「誰に聞いたんだ」
私の頭上で冷やかに響いたその声は、この場所で耳にするはずのない人物の声だった。
音を立てずに私の背後にいたのはここ何週間の間、私が追いかけていた例の男だった。
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