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第三話 遮二無二
瞳が他界してからというもの、さやかと律子に会う機会が以前よりも頻繁になったような気がする。
瞳とはどんなに忙しくても月に二度は会っていたのだが、さやかと律子は二、三カ月に一度ぐらいの割合だったと思う。
そしてもう一人、前よりも近しい間柄になった人物がいる。
それは功太郎という、瞳の付き合っていた複数の男の中の一人だった。
瞳は社会に出てからも相変わらず色々な男の間を渡り歩いていたのだが、彼らにはあまり共通点というものがみられなかった。
その中に大学院生の功太郎という、瞳いわく『堅物』の彼がいた。
数いる瞳の男のうちの一人になど初め興味はなかったのだが、彼に会わなければならない理由ができてしまった。
瞳は人から借りた物を又貸しするということを気にしない人で、その彼のCDや本やらを私はよく拝借していた。
泥酔した瞳が以前功太郎をうちに連れてきたことがあるのだが、私の雑然とした部屋を目の当たりにして、初対面のくせに瞳の部屋といい勝負だと言った。
弟の純一がいるときはわりと清潔に保っているのだが、彼がサークルの合宿などで数日家を空けるとすぐに足の踏み場がなくなってしまう。
そのような部屋の住人の私は、彼のCDが床に置いてあることに気が付かず、全体重でケースを踏み潰してしまったのだった。
さすがにマズイと思い、瞳にそのことを打ち明け弁償すると言ったのだが、寛大な人だからごめんで済むよという彼女の適当な言葉に、万年貧乏な私はそれじゃあと謝ることにした。
初めて会ったときは人当たりがいいという印象の功太郎だったが、その件で再会したときはさすがの彼も許してくれないということはなかったが、ムッとしていた。
その日は二人のデートに付き合わされたので、観覧車の中でそのような状況になってしまい、逃げ出すことができなかった。
話が違うじゃないかと思いながら瞳の方に視線を走らせると、功太郎は再び口を開いた。
「まあいいですよ。実は俺も祥子さんの本やDVDをいつも借りてるんで」
え!?と驚く私に向って、功太郎は才知のある笑みを浮かべて続けた。
「祥子さんの趣味、けっこう好きです。瞳と違ってミーハーじゃないし、センスが悪くない」
私は、はあ、そうですかと言いながら瞳をみると彼女はうふふといつものようにただ笑っているだけだった。
それからなんとなく三人で食事をしたり、飲みに行ったりする機会が多くなった。
多忙な瞳は私と功太郎と一度に会えるので都合がいいという様子だった。
功太郎という人はただ温厚なだけではなく、瞳から事前に聞いて勝手に想像していた軟弱な彼像と実際の彼とはかなりのギャップがあった。
そして功太郎は人を褒める才能に長けていた。
大げさに褒めるのではなく、何かの拍子に何の下心もなくさらりと言う感じなのだ。
祥子っていい名前だよね、と言われたときは単純に嬉しかった。
祥子なんて瞳に比べてなんだか昔の名前みたいだし、クラスメイトからやバイト先でも名字でばかり呼ばれて、今まで下の名前で呼ばれることは少なかったからだ。
それにあるときは祥子は淡い色の服が似合うよねと言われた。
瞳と一緒にいて目立たなくなっているであろう私のいいところによくもそんなに目がいくものだなと、内心関心してしまった。
私たちの間に友達の男には手を出さないという掟などはなかったので別にいいと言えばいいのだが、私の心が揺れ始めてしまったのは不覚だった。
私には昔から物欲だとか、食欲だとか、性欲だとか、とにかく欲というものがあまり明確に存在しなく、喉から手が出るほどほしいという言葉の意味もあまり分からなかったが、彼のこととなると話は別で、強い欲求が芽生え始めていた。
そうは思いながらも友達の彼、しかも瞳の男に手を出すということに、私の中では待ったがかけられ、身動きがとれない状態が続いていた。
相変わらず功太郎のことを過小評価するような発言をする瞳に対して、私は密かにどこに目ぇつけてんだと思っていた。
そして功太郎の方にも同じことを思っていた。
瞳が亡くなってからも功太郎とは連絡を取り続け、認めたくないのだが、私の出番がやってきたと思う自分がいるのを否定できなかった。
私は心のどこかで瞳を障害のように思っていた。
自分を抑えることができず、欲に駆られた私はある日飲んだ帰りに酔った勢いで功太郎にキスをした。
彼は無抵抗だった。
普通の、ありふれた、どこにでもあるキスだった。
「私たち、付き合っちゃおうか」
功太郎から体を離して私がそう言うと、彼はただいいよと言った。
きっと困った顔をして私を受け入れないのだろうなと思っていたので、冗談よ!という台詞を用意していた私は空高く舞い上がる気分になるどころか、拍子抜けした。
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