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第五話 懸念がある
「何を血迷ったの?って言われた」
真剣な顔をしてスマホでゲームをしている功太郎に向って私は言った。
私たちが座っているベンチの付近には屋台がズラリと並んでいて、飲み物を売っているおじさんがペットボトルのお茶を買った若い女の子にお釣りを渡しがなら毎度ありと言っている。
デートスポットになっているこの広大な公園を一往復して私たちは腰を下ろしたところだ。
「何が?」
彼がスマホから目を離さずに問うので私は公園の向かいの車道を見つめながら、できるだけ感情の込もらない声で言った。
「あなたと付き合うことにしたこと」
彼はこの話題に関心が無さそうな顔をしてふーん、誰に?と言った。
私がさやかと律子と言うと、功太郎はだろうねと言うのでなぜわかるのかと聞くと、だって祥子ほかに友達いないじゃんと言われてしまった。
瞳だっていなかったわよと私は口を尖らせた。
「そうだな。男は掃いて捨てるほどいたけど」
「・・・・・・」
瞳が生きているときから、この人は彼女に他にも男がいることを知っていて付き合っているのだろうかと疑問に思うことがあったのだが、どうやら既知の上だったようだ。
複数の相手と付き合ったりするような人種を最も軽蔑しそうな人なのに、瞳に対しては目をつぶっていたのだなと思った。
「しつこいようだけどさ・・・」
「何?」
「ホントに私と付き合うつもり?」
私はなんとなく聞かずにはいられなくなって、改めて功太郎に尋ねてみた。
「何度言ったらわかるんだよ。っていうかもう付き合ってるじゃん」
そう言うと功太郎は少しうんざりとした顔をした。
彼はふだん物静かで温厚なのだが、CD破損のときのように怒らせるようなことを言ったりやったりすると途端に目の奥に怒りが浮かぶので、できる限り機嫌を損ねないようにしている。
「ずっと思ってたんだけど祥子ってさあ、付き合ってる相手でだいぶ変わるんだな」
唐突に彼が話題を変えてそう言ったのでそうかな、私はそうは思わないけれどという旨を述べた。
「そうだよ。だって初めて会った頃に付き合ってたカレ、誰だっけ?」
「・・・修平?」
「そうそう、その彼と一緒にいたときは言葉使いもなんだかバカ丁寧だったし、服装だとか髪型とかも擦れてない感じだったぜ」
じゃあ時を経て私はやさぐれてしまったのだろうか。
「今はどんな感じだっていうの?」
私が臆しないで聞くと功太郎はそうだなあ、と言ってニヤリと笑った。
「毛穴が目立ってきた」
私は片方の眉を上げるとムカつく!と言った。
「若返りにかなり力を入れてるって感じかな」
「そりゃ、あの頃から六年も経ってるんだからそうなるわよ」
確かに私はアンチエイジングという文字を目にすると、すぐにその化粧品を購入してしまう。
「そのままでいいのに」
相変わらずふざけた様子で言う功太郎の言葉を耳にして、私は彼の言わんとしていることがわかった。
功太郎が瞳と付き合っていたことがあるというプレッシャーから彼に対してつい毒を吐いてしまったり、その必要はないのに瞳をはるかに超えるいい女を演じようとしてしまうところが私にはある。
外見や性格の面でもそうなのだが、私は功太郎を性的に魅了する自信が全くない。
まだ瞳が生きていて、私にも修平という彼がいて、功太郎を異性として意識していなかった頃、彼が自分の首筋を指差して瞳に噛み跡をつけられたと苦笑いしたことなどを今になってふっと思い出して、一人勝手にへこんでしまったり、自分から功太郎に瞳の話をふっておいて、いざ乗ってこられると彼女としての自信がぐらついてしまう。
そういうときは功太郎は瞳と私のそれぞれの個性を好きになってくれたのだからと弱気になっている自分を叱ったりする。
けれどやっぱり自分に自信がなくなったときは他界した瞳に向って私をあなたから解放してくれと願ってしまう。
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