その3

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その3

「・・・」 ゆっくりと目を開ける 横には・・・やはり椎名さんの姿 「おはようございます、今日は良い夢見られましたか?」 やっぱり微笑みながら夢のことを聞いてきた 「今日は何だか・・・お願いをされました。」 ・・・・・ 少しの間の沈黙が流れる 自分で言っていて意味が分からないと気づくのに、そこまで時間はかからなかった 「す、すみませんッ、変な事いっちゃって・・・」 慌てて言葉を修正する あれ、何で慌ててるんだろう すると、椎名さんは 「・・・そうでしたか。お願い、叶えてあげてくださいね。」 今度もまた微笑みながらそう答えた 私は少し戸惑っていた なぜだろうか 自分が言ったことは、自分以外の人には分からないというのに こんな50過ぎの独身が言った意味不明な話なのに なぜだろうか 「・・・看護師さんは・・私が言ったこと、気にならないのですか?」 「え、気になる・・・ですか?」 「起きた人が急に意味不明なことを言っているのに、”夢の中でお願いされる”・・・なんて・・・」 すると彼女はやっぱり微笑みながら 「何でしょうかね~♪」 少しはぐらかされた感じが残る言い方をされたみたい 「あはは、そう来ましたか。」 私もこれに少し笑ってしまった 彼女は看護師 看護師の仕事は患者と接し、看護するのが仕事 このような会話も看護の一つ・・・ということにしよう 「・・・でも」 彼女は再び口を開く 「・・・?」 「もし『思い出す』ことが出来たら、分かるかもしれませんね。」 「えッ・・」 そういうと、彼女はそのまま振り返り病室を去っていった 『もし「思い出す」ことができたら―――』 彼女の言葉がどうしても頭に引っかかる 彼女の言った言葉 その言葉は、私にとって予想外で 「・・・」 色々考えていると、今までの自分がなぜか一気に浮かび上がってきた ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 私はごく普通のサラリーマンだった 仕事はあまり出来ずに、ミスも少なくなく 自分の後輩に抜かれた時の悔しさももう慣れていた 妻には20年くらい前に出ていかれ 唯一の癒しであった4歳の娘も同時に離れていった それからは仕事ばかり 色々なことに疲れていき、最近は娘の名前すらも思い出せない そんな時に医者から告げられた不治の病宣告 私にとってそれは、現実から解放してくれるものに見えた 今はその時を待つだけ 私は、この世に何か残せただろうか ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 「んんッ・・・」 気づけばあたりはすでに夜を迎えていた 過去の出来事が走馬燈のように頭の中を駆け巡り そのまま寝てしまったところだろうか 「もうすぐ死ぬのか・・・」 人は死ぬ直前に走馬燈のように思い出が浮かびだすと、どこかで聞いたことがあった ・・・ろくなものじゃなかったな 自虐まじりに、数滴の涙がこぼれおちた 全然悲しくないのに、なぜか涙がこぼれていた そしてそのまま、私は眠りについた
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