稲荷編その6

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稲荷編その6

多胡は能楽堂を出て太鼓橋の上に差し掛かった。そして立ち止まると欄干に手をかけて遠くの山のいただきを眺めた どう思う、日向(ひゅうが)と頭上の精霊に問いかけた。日向は頭蓋骨に響くようなそれでいて透き通るような声で答えた。 私は二つのことを思った。一つは朋子の歩むべき道が違ってきたためにそれを差し戻すようなことが起きたか。もう一つは生まれる前から決めていたことが起こったかだ。どちらにしても宏一郎殿と朋子にとっては転機であるには違いない。 多胡は小さく頷くとまた歩き始めた。 多胡は神殿に入ると拝殿裏の控えの間の扉の前にひざまづいた。これだけたくさんの参拝者がいるのだから、大神さまも必ずいらっしゃるはずだった。 大神さま、人間だった頃の名前は搖泉院(ようぜんいん)。 津和野藩主七代 亀井矩貞の正室。 もともと天界から使わされた搖泉院は死後スカウトされ、太鼓谷稲成神社創立に合わせて、伏見稲荷へ修行に行き、宇迦之御魂神の波動を帯びて帰ってきたのだった。もちろん宇迦之御魂神と同様の力を現していた。 年の頃は二十歳前後に見えた。 もともと人であった搖泉院が稲荷神となるためには精霊と契約する必要があった。 眷属も同じだった。契約すると被り物のように精霊の頭部が自身の頭の上に載るように一体化されるのだ。もちろん精霊も生きていて特殊な能力を発揮するのだった。 稲荷神なので、大半は狐であったが、他の神々の影響によって、それは狼になったり、犬になったりしたのだが、大神さまとなるとまた特別な精霊がついていた。 搖泉院様もあまりに波動が高いため光輝いてどんな着物を着ているのかもわからなかったが、肩の辺りから首の後ろの方にかけてまるで天女の羽衣のような帯も揺れていた。 そしてついている精霊の方もみたこともないような姿であり、鳥のような龍のような姿で光輝いていた。 大神さま、多胡は搖泉院を見上げるように声をあげた。 宏一郎殿の一人娘、朋子様のことです。搖泉院は多胡を遮ると、 先ほど参拝に来た宏一郎から話を聞きました。一心に祈っておりました。 これは生まれる前に決めてきたことじゃ。人生を一度振り返るためにの。じゃから心配はいりません、そなたたちが行ったことにも間違いはありません。ようやってくれました。 それから、多胡。宏一郎殿に付いておった者を呼んでくだされ。宏一郎殿と朋子様にとってはこの一年は大切なものになるため少し申しわたしたいことがあります。 すると日向が口を開いた、大切な年じゃ、もう一人付けたらどうじゃろうか? 多胡は頷くと、はやとゆきを呼んだ。 はやとキラ、ようやってくれた。 それからゆき、これからは、はやと共に宏一郎殿のサポートにあたってくれ。はやは家族全体を見なければならぬ、ゆきは朋子様の動向を特に見てやってくれ。 ゆきは喜んだ、お姉ちゃんと一緒だ。場が少し華やいだが、搖泉院の精霊が口を開くと一同は静まった。 名を北辰と言った。 朋子は天界に居る頃、人生を振り返るのに一年休むことは決めて来たが、その一年の内容までは決めてないようじゃ、彼女のアカシヤ年代記を読むと一年後学校に復帰するところから始まっている。つまり白紙じゃ、これから書き込むようになっておる。 搖泉院が繋ぐように話始めた。 そこで…この一年を実りあるものとすることを我らが受け持つことにしました。 朋子様も今後のことを一生懸命お考えじゃろう。人生の実りというものを体験させてあげるのですよ。もちろんそれは宏一郎殿のためでもあります。 はやは頷くと大神さまに尋ねた、それはどういうものでありましょうか? そうよの、そう、…それは親子の情愛というものかな。北辰は美しい透き通る声で答えた。 次回、宏一郎の祈り、に続きます。(©️2022 keizo  kawahara 眷属物語)
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