第1話「女子高生×黒服男」

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第1話「女子高生×黒服男」

*織幡千縁という女子高生  まただ。  通学路である土手の芝生に仰向けに寝転がる男性は、今日も全身黒のスーツ姿で静かに寝息を立てている。  曇天のような色をしたストレートな髪は朝の春風に靡いて優しく額を撫でているが、この青年、起きる気配は全く無い。  傍には決まってワンカップの容器が落ちており、初めて目の当たりにした一昨日の同時刻には酔っ払いが土手で一夜を明かしただけかと思ったが、三日続けて全く同じ光景を見ると気掛かりだ。  まだ二十代前半から半ば辺りの青年に見えるが、会社をリストラされ朝から呑んだくれているのか、はたまた家無しのホームレスか、私、織幡千縁(おりはたちより)は色んな考えを頭に巡らせながら男の頭上を通り過ぎる。  変わったものや人を見ると誰かに話したくなるものだが、私は違った。  私は生まれた時から他人には見えないものが見えてしまう。それは人の姿をしていたり、黒い影で現れる事もある。  そういったものを見かけた時は気付かないフリをしてやり過ごしていた。しかし時には相手に見えていると気付かれしつこく付き纏われるパターンも少なからずある。いわゆる憑かれるという事だが、そんな時は祖母の形見である水晶石の指輪を嵌めた左手で虫を追い払うような形で祓う事が出来る。  母方の祖母は霊媒体質だった為、母親曰く生前はかなり酷い目に遭っていたようだがその体質を生かして霊媒師を生業としていた。  不思議なことに母親は全く霊感の無い人で、父親もそういった物とは無縁で何故か見える能力は孫の自分に隔世遺伝してしまった。  私には三つ離れた弟がいる。弟の宵壱(よいち)は私程では無いが感じたり微かに見えたりする。  昔から誰もいない場所に向かって話しかけたり、泣きながら何かから逃げ回ったりと何も知らない他人からしてみれば私たち姉弟は変わった子供だった。  自分が周りと違うと気付いたのは小学生の頃で、当時から見える体質である事は明かさずに過ごしてきた。  ぼんやりではなくはっきり見える事から、時々この世のものかそうでないかを確認したいが為に街中で違和感のある人を見ると友人にも聞いてみたくなるが、日常的な数の多さから見かける度に尋ねてそれが友人には見えないとなると怖がられるのは明確だ。  この男も私の目にははっきりと見えている。今隣を歩いている友人の朝岡花実(あさおかはなみ)に土手で寝てるあの人何だろうね、と聞いてみたいものの、昨夜のテレビドラマの見所を熱心に話す彼女には聞けず喉の奥に引っ込み返した。  仮にあの男が生身の人間だったとする。愛する恋人が不運にも他界し、自暴自棄になって家にも帰らず朝から酒に溺れている。  なんて、私は自分を納得させる為にそんなシナリオを作り上げた。  川にかかる橋を渡ればこれから登校する紅ノ森高校の校舎も間近だ。同じ紺色のブレザーを着た生徒達が桜並木の正門を目指して歩道を歩いている。 「もう桜も終わりだね」  歩道に落ちる花弁を踏みながら花実は名残惜しそうに言った。 「そうだね。夏が来ると思うと憂鬱だなぁ」 「今年も暑くなりそうだもんね」  夏が暑いのは致し方ない。しかし夏が嫌いな理由は暑さの他にある。盆の時期が近付くにつれて霊を見かける機会が異様に多くなるのだ。その分憑かれて祓う回数も増え、夏休み中は部屋から一歩も外に出ない日が(ほとん)どだった。  二年B組の教室に到着して自分の席へと向かう。窓際の後ろから二番目というそこそこ良い席になったものの、私にとってはあまりよろしく無い。今となっては慣れたが、小中学生の頃は彷徨う霊が窓の外を横切るものだから授業に集中出来ない事が度々あった。  よく聞く飛び降り自殺をした霊が窓の外を落下していく、という姿は幸いにもまだ目撃してはいない。けれどそのうち見てしまうかもしれないという私にとってはささやかな恐怖など、朝の談笑を楽しむクラスメート達は知る由もないだろう。 ◇ *坂城という黒服男  ああ、また寝過ごした。 この地に配属されてから三日が経つ。快晴の空をぼんやりと眺めつつ、仕事をせねばと体を起こしたついでに欠伸が出た。  やはり標的はこの土手に沿った道を通ったようだ。卵が腐ったような生臭い残り香を鼻が嗅ぎつける。  この三日間匂いを頼りにここらをうろついていたが、標的も間近にいると分かった途端悪い癖が出た。  近くにいるなら仕事はいつでも出来る。寝るには打って付けの傾斜になった芝生のベッドを見つけ、コンビニで買ったワンカップを飲んで星空を眺めながらほろ酔いで眠りにつく。昼間は低級の霊を相手に仕事をし、再び酒に酔いながら眠る。そんな事を三日三晩続けていたらそろそろ大物を相手にしたくなった。  立ち上がると同時に子供が泣きじゃくる声が近付いて来る。土手を上がってみると、小さな女児が泣きながらこちらに歩いて来る。  自転車を漕ぐ爺さんにはその女児が見えていないせいか、おぼつかないハンドルさばきで女児をすり抜けていった。 「パパ〜、ママ〜」  家族を探して彷徨っているのだろう。匂いがさほど酷くない点から低級の霊だ。  女児の前に立ちはだかり反応を伺ってみる。この黒服を見て逃走を計れば俺が不都合な相手だという事だが、泣き止んで呆然と見上げるあたり、やはりまだ害のない低級の霊だ。 「お兄さん……誰?」 「黄泉の案内人。一部じゃ処刑人とか言う奴もいるか」  さて、子供の相手は正直言って苦手だ。しかし怖がらせてはいけない。  ある程度の年齢を越えれば自分が死んでいるという自覚もしやすいものだが、この女児は見た所まだ五歳にも満たない。  子供の低級霊で死の自覚が無いパターンは珍しくない。まずは自覚させ、納得してもらった上で成仏させるのが俺のやり方だ。
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