第1話「女子高生×黒服男」

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 自宅前に辿り着くまでの間に男の姿を探してみるも、やはり見つける事は出来なかった。  連立する住宅の中で一際目立つ赤い屋根の自宅の門扉前で、本当に家の中に入って良いものか玄関へと向く足は思い留まった。  念の為左手で体中を祓っておく。目で見えている範囲では今の所何も憑いていない。 そこへ自転車がブレーキをかけて止まる音が背後で聞こえたので振り返った。  中学校から帰宅した弟の宵壱だ。家の前で千縁が祓う様子を見た宵壱はマウンテンバイクから降りて(いぶか)しげな目を向ける。 「あ、お、お帰り」 「顔色悪。まさか持ち帰って来たのか?」 「分からないけど……何もいないよね?」 「姉貴に分からないなら俺に分かる筈無いだろ。完璧に見えるのは姉貴なんだから。まぁ何もいないとは思うけど」  分かるわけがないと一蹴するも、宵壱の目から見ても変なものは憑いていないようだ。  千縁はふと男の言葉を思い出して、マウンテンバイクを車庫に入れる宵壱に制服の袖を差し出した。 「ねぇ宵壱、私臭う?」  一瞬嫌な顔をしてみせたが渋々鼻先を袖に近付ける。 「……別に、特別臭わないけど」  やはり臭いも分からないようだ。 「そう……」 「何だよ急に?何かあっただろ」  軽く口にしてはいけない。そんな気がして無理くり笑顔を作って首を横に振る。 「ううん、ちょっとしつこかった奴に付き纏われたから不安になっただけだよ。早く中入ろ」  宵壱と玄関の門扉を通り玄関の扉を開けた。 「ただいま」  家の中に声を投げると家にいた母親の清香がエプロン姿でダイニングから出て来た。千縁と宵壱の父親は獣医師で、去年からインドの動物愛護団体に所属して現地に単身赴任中の為、普段家に居るのは専業主婦の清香だけだ。 「お帰り。二人お揃いなんて珍しいわね」 「たまたまだよ。ね、宵壱」  宵壱は一瞬視線をくれたが、うんともすんとも答えずに自室がある二階へと上がって行ってしまった。そんな態度に千縁は口を尖らせる。 「何あれ。最近お母さんに対して無愛想じゃない?」 「まぁまぁ千縁。宵壱も年頃だから反抗期なのよ」  微笑ましいという具合で気に留めない清香はさすが生みの親だ。宵壱の性格上手のかかる不良にだけはならないと信じているのだろう。その辺は千縁も同意見だった。  千縁ほど霊の存在を把握できる霊感は無いが、昔から心霊現象に泣かされてきた宵壱は幼い頃は両親にベッタリな子供だった。  母親である清香にとっては可愛い息子だが、宵壱自身が変わり始めたのは小学校高学年の頃だ。  同級生と喧嘩をしては傷だらけで帰宅する事が増えた。男の子ならば一度や二度の殴り合いを経験するのはそんなに珍しい話ではないかも知れないが、泣き虫で甘えん坊だった宵壱が喧嘩をしたと初めて聞いた時はすかさずイジメを疑った。  しかし清香が喧嘩相手の親元を尋ねると、喧嘩相手の同級生は宵壱以上の怪我を負い、喧嘩を仕掛けてきたのは相手の方だったと事情を聞いた当時は両親と揃って驚いたものだ。  喧嘩の経緯を聞いてみると、クラスの飼育委員が作った飼育小屋のウサギが眠る墓を、その喧嘩相手が荒そうとしていたらしく、それを止めに入った事によって相手が逆上して殴り合いの喧嘩に発展したそうだ。  根が優しい所は今でも変わらない。現に学校は休まず毎日登校しているし、テストの成績も毎回上位をキープしている。両親を困らせるような事だけはしないだろうと、千縁もその辺の心配は無用に感じていた。  どちらかと言えばそんな優しい性格だからこそ厄介な霊に憑かれないかが心配だった。  今まで宵壱にも何度か霊が憑いた事はある。  ある日宵壱が小学校から帰宅するとランドセルの上に更に同じ年頃の男の子を背負っていた時は慌てて祓ったが、本人が感じたり憑かれやすい体質な反面、祓える体質ではないのがネックなのだ。  祖母の指輪を貸してみた事もあったが、千縁のように祓ってみても何の効果も得られずその時は結局指輪を返して千縁が祓った。淡い期待は愚か、今後面倒な人生が待っているという残念な宣告を受けただけだった。  清香はさっきのように笑って大した事はないとあしらっていたが、宵壱自身そんな厄介な体質を喜んで受け入れる筈がない。一度は産んでくれた両親と血筋を恨むだろう。千縁がそう考えるのは、自分がそうだったからだ。  宵壱と同じ年の頃は多感な時期だったせいか、あらゆる不運を霊のせいにし、自身をこんな体質に産んだ両親のせいにした事もあり精神は不安定だった。  今となっては対処法も身に付き昔ほどの苦労は無く両親に怒りの矛先が向く事も無くなったが、祓う能力を持ち合わせていない宵壱には不便な日常生活であるに違いない。  もしかしたら両親に素っ気ない今が恨んでいる最中なのかも知れない。姉として、最近はそんな心配がチラついている。 ◇  心なしか体中がヒリヒリする。男の忠告を守り一時間以上に渡って体を擦っていたせいだろう。  肩まで伸びる髪をドライヤーで乾かし終え、鏡に映る自分の姿をジッと見つめる。鏡とは時に真実を映し出す──ならぬ、時に目に見えないモノを映し出す。 やはり怪しい点は無い。あまり気にしすぎるのも精神衛生上良くないだろう。  今日の件は暫く忘れられそうにない出来事だったが、あれこれ考えるよりも眠って忘れるに限る。  時刻は夜中の零時を回ろうとしている。夜更かしは余計なモノを見る確率を高めるだけだ。千縁は自室に戻り、ベッドに潜って(とこ)()した。
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