第2話「惹起」

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第2話「惹起」

「千縁、大丈夫?」  花実の呼びかけで意識は昼休みで賑わう教室内に引き戻された。朝から花実との会話にも身が入らず、午前の授業中も教師の解説は右から左に流れていく始末だ。そんな、明らかに上の空で目の下にクマを作っている千縁を花実は心配していた。 「あぁ、ごめん花実。何?」 「何じゃなくて、大丈夫?具合悪そうだよ」 「平気平気。ちょっと寝不足なだけだから」 「寝不足?何して夜更かししてたのよ?」 「えと……ネットサーフィン」 「もう。なら良いけど、お昼食べないの?」 「うん。なんか食欲無くて」  ふぁ、と大きな欠伸をする千縁に花実は半ば呆れながら隣の席で持参した弁当を食べ始めた。千縁も清香に作ってもらった弁当を持ってきていたが、家に置いてきた坂城(さかき)の事が気掛かりで食べ物が喉を通りそうにない。  坂城(さかき)。あの男に名を尋ねるとそう答えた。それは死んだ後に与えられた名前だそうだ。 誰にどうやって与えられたかを尋ねたが、企業秘密だとはぐらかされた。その後坂城のわがまま振りに手こずった千縁は結局あれから一睡も出来ずに朝を迎えた。 (クールに見えてわがままなんだもんなぁ……)  坂城に振り回された昨夜を思い出して自然と溜め息が口から漏れる。  初め寝床に提案したのは庭の物置小屋だ。主に季節物の家電や工具などを収容している八畳程のプレハブ小屋で大人一人が足を伸ばして寝るには充分なスペースがあったが、本人は布団が無い上に埃臭いと文句をつけるものだから困った。逆に何処が良いのかと聞いてみると、千縁の部屋のクローゼットを寝床にしたいと言い出した。確かに空いている下段のスペースを持て余してはいたが、自室だけは避けたかった。学校に行っている日中は清香が時々部屋に掃除機をかけに来るし、クローゼットに布団が敷いてあるのを万が一発見された時にどう言い訳して良いか分からないからだ。  坂城曰く離れていると駆け付けるのが面倒だという。そう言われると助けてもらいたい側としては了承せざるを得ない。しかし学校に来て分かったが、朝からクローゼットに籠って寝ている彼を置いて来た時点で早速離ればなれである事に気付く。 「私、馬鹿だ……」 「え?」 「ううん、ただの独り言……」  机にダラリと上半身を寝かせる千縁に花実は小首を傾げていると、教室内が若干ザワついた。  一週間近く欠席していたクラスメートの小暮葉月(こぐれはづき)が昼から登校して来たのだ。彼女を心配する友人達が彼女を取り囲んでいる。 花実は千縁の腕を揺すって顔を上げさせた。 「千縁、小暮さん来たよ」 「ん……小暮さん?風邪って言ってたよね。治ったのかな」 「でも、まだ顔色あんまり良くないみたいだよ」  クラスメートに囲まれている葉月に目をやる。 「──!?」  クラスメート達と話す葉月の背後には確実に何かがピッタリと貼り付いていた。よくよく見てみると黒いセーラー服を着た女学生のようだ。黒くて長い髪の隙間から覗く眼は大きく開いて葉月を斜めに見下ろしている。あれは下手に触ってはいけない怨霊の類いだ。  千縁は彼女を見た瞬間、欠席していた原因は風邪なんかではないと確信した。 「千縁……千縁ってば」  あまりの光景に固まってしまい花実に肩を揺すられハッと我に返る。 「あ、ごめんごめん。確かにまだ顔色悪いね。まだ完治してないのかな……」 「それがね、昨日同じ図書委員のA組の子から聞いたんだけど、どうも風邪じゃないって噂が流れてるんだって」 「え、何それ?どんな噂?」  花実の曰く付きであろう話に食い付いた。 「A組の宮内(みやうち)さんも小暮さんが休み始めた同じ日から学校休んでるんだって。宮内さんと連絡を取ってた女子が宮内さん本人から聞いた話だと、一週間前の放課後に宮内さんと小暮さんの二人で北校舎の空き教室を使ってコックリさんをやったらしいの」 「え、よりによってあの空き教室で……?」  北校舎の三階にある空き教室は南校舎の廊下からも見える。あそこはここに入学した当初から気持ち悪いと感じていた。陽が当たりにくい場所に位置するせいか、霊が溜まりやすい空間なのは明確だ。現にちらほらとその空き教室の窓に人影を見たという噂話も聞いたことがある。そんな場所で小暮葉月(こぐれはづき)宮内明里(みやうちあかり)は降霊術を行ったというのだから怖いもの知らずというか何というか、千縁は呆れた。 「A組の子の話だと、宮内さんが小暮さんをコックリさんに誘ったんだって。何でも、宮内さんが気になってる人との事を占ってみたくなったとかで。それで、コックリさんを呼んだあの二人はもう呪われたんじゃないかって話」  占い好きなのは結構だが、占いを頼む相手はコックリさんでなくとも他にいるだろう。彼女達の遊び半分な気持ちは咎めたい所だが、あんな悍ましいものを同じ教室で毎日視界に入れるのもたまったものではない。  しかし怨霊を祓った経験は幸か不幸かこれまでに一度も無い。自らそういうものが居ると噂される場所には一切近寄らず、細心の注意を払って関わる事を避けて来たからだ。  とは言えクラスメートに心配されながら席に座る彼女の顔色はやはり芳しくないし可哀想にも思える。女学生の霊も、彼女の両肩にもたれるようにして全く離れる気配はない。 こんな時にこそ黒服案内人が仕事をするべきなのではないかと千縁は思う。 帰ったら坂城に相談してみよう。その日の午後はそれと目が合わないようになるべく葉月から視線を逸らして過ごした。
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