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「ねー、あんた死ぬ気なの?」
ある日の晩、悪魔にそう聞かれた。
僕達は跨線橋の上にいた。橋の下を、轟音を立てて電車が通過する。
転落防止用の柵は高いが、よじ登れないほどではない。
「別にいーよ。そっから飛び降りれば? そんなものを食べ続けるよりは確実に早く逝けるよ」
僕は例によって、コンビニの袋を下げていた。
「──なんで」
「止めないの、って? 忘れちゃったの? 私、悪魔だもん。あんたが地獄に堕ちてくれたらノルマ達成。ご褒美をいっぱいもらえるんだ」
「そうじゃなくて。どうして僕が、死ぬ気だと思った?」
確かに今日は、殊更にきつかった。満員の電車で足を踏まれた。社内行事の出席を断ったら、罵声を浴びせられた。おまけに退勤後まで、メールが絶え間なく送られてくる。
けれど、どれも死ぬほどのことではない。
「どうしてかって? ……んー、死相が出てる、って言うのかなぁ? なによりあんた、今靴を脱ごうとしてたでしょ」
ぎょっとして、靴底を意味なく床板に擦り付ける。
「──あれだ。水虫が痒かったんだ」
「嘘ばっかり」
通勤客が、迷惑そうに僕を避けながら行き交う。柵に腰かけた悪魔の姿は、彼らには見えないらしい。
「さっきも言ったけど、飛び降りる気なら止めないよ。私の得になるもん──ただね」
「ただ、なんだい」
「どうせなら、思いっきり堕落してから死んでくれると、私はもっと得するんだけどな。ほら、野菜だってじっくり熟れた方が美味しいでしょ?」
上司は言った。
あなたは損害ばかりだして、誰の、何の役にも立たない。
──ならせめて、悪魔の役に立ってもいいのでは?
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