魔王編 ドロウ

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魔王編 ドロウ

「オウマめ……簡単に負けよって」  雲が晴れ、感じ取れていた魔王オウマの気配が消える。 「そうだな、次はお前の番だ」  真魔王ブラベスと結界内で対峙する。 「なるほど、賢者ユルドに作らせた結界か」  ブラベスが結界に触れ、その作者を読み取る。  奴の言うとおり、この結界は賢者に作ってもらったものだ。  使い捨てのスクロールで発動し、閉じ込めた生命体が一人になるまで解除は出来ない封印結界。  これを使い、真四天王と一騎打ちの状況を作り、俺はここまでやってきた。  今も真魔王を相手取り、一対一の牢獄を形成している。 「外部との連絡も遮断、これなら我が配下の四天王も各個撃破できるというわけか。考えたな“疾風剣”のドロウ」 「そいつはどうも。ついでに俺に倒されてくれると嬉しいんだがね」  褒められたお礼もそこそこに、剣と盾を構えブラベスに斬りかかる。  最短距離で剣を振り下ろす。牽制もない急所狙いの一刀。しかし、それはブラベスがいつの間にか召喚した右手の剣で難なく受け止められる。  俺の剣を見て、ブラベスの双眸が僅かに見開かれる。 「――邪剣レーヴァムンク。失われた魔剣まで探し当てるとは、よほど私を殺したいと見える」  目線を合わせ、ブラベスが嗤う。  腕に力を込めると、相手の人間離れした膂力で弾き出された。  ブラベスが左手を掲げる。 「穿て、魔弾。我が仇なす者を殺し尽くせ。『暗黒魔弾(ドゥンケル・メッサー)』」  闇の魔力で形成された弾丸が十発、俺に襲い掛かる。  ――なんて速さだ。魔法の弾速が桁違いだ。それに詠唱も早い。  だが幸いにも弾道は素直だ。初弾を身を引いてかわし、伏せて避けきる。  しかし避けられることも想定済みだったようで、ブラベスは既に眼前にまで迫っていた。突き出される剣を紙一重で転がるようにかわす。  素早く身を起こし追撃に備える。が、ブラベスはその場から動いていなかった。  どうやら俺の抵抗を楽しんでいるようだ。 「今ので殺せると思ったんだがな、伊達に四天王を退けてはいないか」  油断しているわけではない。その証拠に奴の体勢、魔力、気配。どこにも隙がない。 「お前が真四天王を全て倒したというのは、虚言ではないようだな」 「そう説明したつもりだったが、人間の言葉は難しいか?」  戦闘が始まる前、ブラベスと対峙した時に「真四天王は全て殺した、お前で最後だ真魔王」と言い放った。  勇者エイタと闘う魔王オウマの旗色が悪いと見て、魔界へと逃亡しようとしていた大臣ギラ、その正体を暴きこうして結界に閉じ込めた。  当初はただの人間である俺が、真四天王を殺したということに半信半疑だったようだが、今は信じているようだ。  人嫌いな賢者ユルドの結界、失われた筈の魔剣。これらを持つ俺なら人間とはいえ自身の脅威となる、そう判断したのだろう。  大臣ギラであることを捨て、真魔王ブラベスとしての正体を現し、戦闘に突入した。  その身体能力、魔力、そして戦術眼。どれも真四天王を上回る。純粋な戦闘力だけでも魔王オウマを上回っている可能性すらある。 「そうだな、勇者エイタに負け、気でも狂ったのかと思ったぞ。ドロウ」  再び嗤う。 「だが、どうやらその力本物のようだ。そして虚言ではないことを認めよう。久方ぶりに現れた我が脅威よ」  魔力が、溢れるように増大していく。なんて魔力量だ――! 「私の計画を台無しにしてくれた礼、とくと味わえ!」  顔に怒りが滲む。冷静に取り繕ってはいるが、業腹だろう。当然だ、操り人形とはいえ下に見ている魔王オウマに付き従うのは、よほど精神的苦痛だったはずだ。  それを何年、何十年と続けてきたのだ。人間より長い寿命でも、よく耐えてきたものだと感心する。だが、その苦労も正体が露呈し、水の泡と消えそうなのだ。怒らない訳がない。 「砕け、魔鎚。我が仇なす者を叩き潰せ。『暗黒魔鎚(ドゥンケル・ハンマー)』  闇の魔力で形成された戦鎚が堕ちる。  それも一つではない、ニ、四、六……。数え切れないほどの魔力鎚が降り注ぐ。  ――かわしきれない! ならば!  瞬時に判断し、被弾を最小限に防ぐ為、最短距離でブラベスに接近を開始する。  一歩。  自分の背後に一つの魔鎚が堕ちる。  二歩。  右斜め前に魔鎚が堕ち、地面を砕く。  三歩。  左頬を魔鎚が掠める。  四歩。  直撃――! だが、盾を持った左手を掲げ魔鎚を受ける。魔法耐性のある盾だが、衝撃が身体を揺らす。それでも前進を辞めない。  五歩。  さらにもう一度、盾に魔鎚が(くだ)る。盾にひびが入る。それでも、前へ――!  あともう一歩で、剣の間合いに。  さらに魔鎚が叩きつけられ、遂に盾は砕ける。  だが――。 「入ったぞ――、剣の間合いだ」  剣を両手に持ち替え、右から逆袈裟へ振り上げる。 「ぐっ!」  ブラベスの回避は間に合わない。剣は左腕に食い込み、それでも尚止まらない。更に腕に力を込め、身体を両断しようと踏み込む。 「おぉぉっ!」  ブラベスが身を捩り、剣から逃れる。しかし無事ではない。  ゴトリ、と左腕が地面を転がり、さらに胴体も三分の一程度まで太刀傷が付いている。  だが、致命傷ではない。  距離を取られる訳にはいかない。離れて魔法を撃ち続けられれば、俺に勝ち目はない。  踏み込んだこの間合い、離してなるものか。  更に追撃。足に力を込め、踏み込む。  次は首を刎ねる横薙ぎの一閃。後退は間に合わない。  しかし剣は硬い感触に阻まれる。  ブラベスが右手に持った剣で受け止める。片手で難なく防ぐ、これが真魔王の膂力か――! 「この程度、傷にもならん」  言葉に反応するように、身体の再生が始まっている。  腹部の傷は既に塞がっており、左腕も新たな腕が生え、ほぼ元通りになっていた。 「なんて再生力してやがる。竜の血か!」 「この不死身の身体を作るのに、百年かかった。存分に楽しんでくれ」 「ああ、そうかい」  幸い、ブラベスの剣術は真四天王のイアイ程ではない。純粋な剣での勝負なら勝算が在る。だからこの間合いだけは、離される訳にはいかない。  鍔迫り合いをしていた剣を引き、右足を斬りつける。更に返す刃で左足を狙うが、ブラベスが素早く足を引き空振りになる。  それでも追撃をやめない。今度は頭部を両断しようと唐竹割りをお見舞いするが、再び剣で受け止められる。  まだだ――!  只管に相手の急所を狙い剣を振り、斬撃を叩き込む。手数も精度も己が勝っているという自負がある。  ブラベスは魔術を使うタイミングもなく、防戦一方に押し込んでいる。  だが。  奴に焦りはない。  何故なら――。  竜の血を取り込み、百年かけて完成させた不死身の肉体がある。現に、傷を負う端から傷口は塞がっていく。人間なら致命的な傷ですら、瞬時に回復する。だから、負けるなどと微塵も思っていないのだ。  だからこそ――。  そこが付入る隙となる。  がきん、と何度目かの金属音と共に、俺の振り下ろした剣が受け止められた。  今度は剣同士ではない。再生すると同時に竜のように鱗と爪を備えた、異形の腕となったブラベスの右手で剣を掴まれた。 「――やはりそうか!」  ブラベスが哂う。 「邪剣レーヴァムンクとしては呪いが弱いと思ったが……。贋物で私に挑むとは!」  剣を握る手に力が込められる。  ビキビキビキ――と、剣に竜の爪が食い込みひび割れていく。 「このような紛い物で私の身体を傷つけた事、後悔させてくれる!」  ブラベスが勝ち誇り、興奮を抑えようともしない。既に決着はついた、そう宣言しているようだ。  ばきん、と一際甲高い音がして、剣が砕ける。  ああ、そうだな。俺はこの瞬間を待っていた。 「――もらった!」  肉を裂き、内臓を貫く感触が手に伝わる。  一瞬の静寂。  ブラベスは何が起こったか、理解できずにいた。  短剣が、正確にブラベスの心臓を突き刺している。 「そんな――、姑息な手を……」  俺の握る短剣。それは贋作の邪剣の中に隠されていた、幻の鍛冶ベレギッドが作った特殊な短剣。それは邪剣レーヴァムンクに偽装され、俺に託されていた。  その偽装も一級品で、つい先ほどまでブラベスが贋物であると見抜けないほど精巧かつ、高度な切れ味と強度を持っていた。  だが、邪剣はあくまで飾り。その真価は短剣にある。偽装自体充分な効果を発揮し、対象に至近距離まで接近し、千載一遇の機会に心臓に刃を突き立てることに成功した。 「はっはっは……」  心臓を破壊されても、ブラベスは哂った。 「些か驚いたが、これが切り札とは……。残念だったなドロウ、この程度の傷、すぐに回復して――がはっ!」  ブラベスが血を吐き、目を見開く。傷が回復するどころか悪化していく状況に、理解が追いついていない。  なら冥土の土産だ、説明してやる。 「大蛇一族……覚えているか? 貴様が真四天王と共に十年以上前に滅ぼした極東の国に住んでいた一族だ」 「……っ! まさか、貴様!」  さらに血を吐きながら、考えが至ったブラベスは叫ぶ。内臓が焼かれるような痛みに胸を押さえ、左手は力なく俺を遠ざけようと抵抗する。それでも短剣は抜かず、心臓に刺し続ける。 「その一族のみが生成できる毒薬『夜汐璃(やしおり)』、その毒がこの短剣から流れ出ている。お前には唯一効く毒なんじゃないか?」 「はぁ……はぁ……、だがその一族は私が滅ぼした……製法は永遠に失われた……筈だ」  息も絶え絶えに、それでもなんとか毒に抵抗しようとするブラベス。 「その身体でも唯一無毒化できない『夜汐璃(やしおり)』。大蛇一族と製法を葬ったことで安心していた、己は不死身だと過信した、そして人間を侮った。それがお前の敗因だ」 「ははは……こんな惨めな最後とは……。なあ、疾風剣のドロウ。貴様……何の為にここまで戦った? 宿敵エイタに……勝つためか? 栄誉のため……か? それとも……世界の平和の……ためか?」 「――自分には負けたくないからだ」  勇者のライバルにすらなれなくても、世界の誰からも褒められなくても。  自分には負けられない、それが俺の戦いの動機だった。 「じゃあな」  胸に突き刺した短剣を引き抜き、瞬時に逆手に持ち替えブラベスの側頭部に突き刺した。  更に、毒が回り真魔王の生命力が急速に失われていく。 「大した男だ……」  それが魔王軍を影で操り続けた男の、最期の言葉だった。
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