1 赤い三日月

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 レイルの方向感覚は正確だったようだ。建物の影のようなものが遠目に見えてきた。しかし、その影は遠目ということを差し引いても小さい。街というより村だろう。果たして教会はあるのだろうか。  この旅は、聖女を求める旅である。どこにいるのかわからない聖女を。しらみつぶしに町を訪れ、聖女の情報を仕入れる、これがレイルの考えた聖女を見つける方法であった。一人でその旅に出ようとする私に、レイルはついてきた。私の目の前で、誰も知らない都市に出て姉のことを隠して生きるという選択肢もあるだろう、と怒鳴りちらす父を無視して。私のせいで婚約者を失った弟は、私を見捨てようとしなかった。 『いずれ彼も、君を裏切るよ。』 『いや、もう裏切られているんじゃなかったかな?』 『そうそう。君は弟と旅をしていると思い込んでいるだけだよ。』 『違うわ。レイルは私の目の前にいる!』  紅い三日月に、その周りにある紅い星々の囁きに私はそう言い返す。 『おお、怖い女だ。』 『かわいげのない。だから親に捨てられた。』 『弟よりも縁談が遅い女のくせに。男に好かれない女。』  三日月は嗤う。星々も嗤う。 「姉さん?」  いぶかしげな弟の瞳。私の葛藤に気付いていたのか。まだ、私はこちらにいる。現実世界に。弟と一緒の世界に。まだそっちには行かない、と空に浮かぶ三日月を睨む。それは、私にしか見えていないのだけれど。 「着いたよ。・・・小さい村だね。いい話が聞けるかな。」  村の広場らしき場所にも人影は見られない。藁ぶきの家々も手入れがされておらず、ここはもう廃村なのかもしれない。 「誰もいないね。廃村なのかな?」  私の呟きに弟は答えず、近くの家のドアをノックした。 「すみません。旅の者なのですが、この近くに教会はありませんでしょうか?」  返事はない。やはり誰もいないのか。 「レイル。この村には誰もいないのでは?」 「ちょっと待って。姉さん。家の中から、物音がしたんだ。」  しかし、中から応答はない。気のせいでは?そう言いかけたが、一つの考えが私の頭をよぎった。レイルも同じようだ。厳しい眼差しで私を見てくる。  村の大半が『レルムディア症候群』に罹っているという可能性を。そして、患者を置いて元気のある者は村を去ったという可能性を。  あの病に罹った者は、末期になると自分の体が衰弱死するまで踊り続けたり歌い続けたりする。おそらく家の中には、幻想の中に取り残された患者がいるのだろう。そして、それを誰も介抱しないのであれば、いずれ近いうちに餓死する。 「『レルムディア症候群』の患者なんてそんなものよ。見捨てられ、放置される。聖女様の話もここにはないわね、きっと。そんな話があれば、ここまで残酷には捨てられないと思うから。」 「ここには聖女の話が伝わってこなかっただけだ。だから、救われる可能性を知らなかった。」 「私達は違うと?その聖女の話の信憑性もわからないのに。どこかにいる姿もわからない聖女を求めて、旅をし続ける。」 「姉さん、あきらめてはだめだ。」 「あきらめなさいよ!」  私は、思わず大声をあげた。 「あきらめてよ!私のことなんて放っておいて、都市で生きなさいよ。あなたは、学校も行っているし、読み書きも計算もできる。運が良ければ役所の仕事にありつけるかもしれないじゃない!私のことなんて放っておいて、好きに生きることができるじゃない!」 「僕が姉さんについていきたいから一緒にいるんだよ。」 「全てが無駄になったらどうするの。私が死んだ後は・・・。もう、そんなに時間はない。紅い三日月と、星々の会話がさっきから聞こえてくる。もう私は、半分は幻想の中にいる。」 「でも半分は、現実だ。」  そう言った弟は、地図を取りだす。 「じゃあ、次に近い町を目指そうか。」
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