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道を間違えた。青くなって、シャノは往来で足を止め、助けを求めるように周囲をみまわした。だが、知った顔がそうそう側にいるはずもない。
「お嬢ちゃん、ちょいとごめんよ」
わきから、大きな荷物を背負った老人がシャノを押しのけていく。そのまま、道の端、果物屋の店先まで追いやられて、見るともなしに果物に手を伸ばす。
「三ケールだよ」
果物の産毛にふれる寸前、かけられた声に、びくりと指が震えた。別に、買うつもりは無かった。見たこともない果物だから、手に取って、香りを確かめてみたかっただけだ。
店主をうかがうと、年かさの女は値踏みするようにこちらを見ていた。
「触らないと、食べられるかどうかわからないわ」
「どれもすぐに食べられる。ベタベタ触るんじゃないよ、指のあとがついたら傷んじまう。さあ、どれを買うんだい?」
問われて、シャノは首を振り、店から離れた。隣の店では金細工を売っていた。だが、果物屋でのやりとりを見ていたのだろう。冷やかしと知った店主は、こちらが何を言ったわけでもないのに、虫でも追いやるようなしぐさをした。かちんときて、居座ろうとしたら、さらにつめたくあしらわれた。
「金も無いのに寄るな。客が逃げる」
わたしは客じゃないわけ? 口元まで出かかったことばを飲み込む。店主の言うとおりだ。金がないのだから、買い物はできない。
店の軒先からも、道の中央からも距離をとると、とたんに居場所がなくなった。同じ島のなかだというのに、知らない世界に迷いこんだようだった。
大陸の船が着いたばかりなのか、フェリのような色白のひとがいっぱいいた。男性も女性も、すごく背が高くて、彫りが深くてはっきりした顔立ちをしていた。服装は島のひととあまり変わらないけれど、これはこちらに合わせているのだろうか。
学者先生? ただの旅行者? 島に来るひとは、いったい何を目的にするものなのだろう。ひとの流れに逆行するように歩きながら、幾人も観察していたら、ひとりの男性と目が合った。
シャノが首をかしげると、彼はシャノにむかってまっすぐに歩いてきた。
「きみ、ひと、島の?」
話しかけられた。聞いたのがひとことでも、ずいぶんたどたどしいのがわかる。
──外のひとだ。
わかっていたことを改めて理解する。とっさにことばが出ない。何を言えばいいのか。
もどかしそうだ。相手も表現が見あたらないらしい。ことばを探すように、開いた手で顔の横あたりをくるくるとかきまぜる。くちびるは開いたままだ。
「何か?」
不安になる。声が震えた。相手がすこし笑って、外のことばで何か言って、いきなりこちらにむかって、腕をのばしてくる。
「え──?」
手をつかまれそうになったときだ。横合いから影がさした。ぐいと肩を抱かれた。
女のひとだ。外のことばで、ものすごい剣幕で男性を怒鳴りつけて、シャノをひきずっていく。小路につれこまれ、むきあってみてはじめて、シャノは相手が自分とさして変わらない年頃の娘だったことを知った。
大柄で、肩幅も広い。どっしりと腰が張っていて、頼もしい感じだ。少し、パサーに雰囲気が似ている。でも、成人はしていないことが、耳元でわかった。娘には、耳飾りの穴がなかった。
「あんた、どこの店の新入り? 何をしてるのさ、こんなところで!」
腰に手をあて、娘は男性に対するのと同じくらいのきつい調子で問いただしてくる。矢継ぎ早の質問をあびて、シャノは首をすくめた。
「わたし、お店とは関係ないわ」
「あんた、わかってないのね? 街娼と間違われたんだよ? この町を女の子ひとりで歩いちゃダメ! 外の男なんて、信用ならないんだからね!」
顔を朱くして怒っている。一方的に叱られて、シャノは困惑した。『街娼』ということばは知らなかったが、気迫におされて、「わかった」と口にする。怖かったのは確かだ。
殊勝な態度のシャノを見て、娘は満足したらしい。小さく息をつくと、うしろをふりかえった。少し離れたところに、牛車が一台見える。他にももうひとり、娘がいるのがわかる。あちらは、だいぶ痩せぎすで、顎も肘も膝も骨張ってとがっている。
「トエト! どうしたの?」
痩せぎすの娘がこちらにむかって叫ぶ。トエトと呼ばれた目の前の娘は、シャノをうながし、いっしょに牛車に近づいていった。
「また、よくないのが入ってきたみたい。この子、大陸語で男に声かけられて、連れて行かれそうになってたの」
「またか。組合に報告しないと」
牛車を操っていた男が、不快そうに眉を寄せる。痩せぎすの娘が大げさな身振りでシャノの両肩をつかんだ。この娘にも、耳飾りがなかった。
「運が良かったね。トエトはうちの旅籠でもいちばん、大陸語が達者なのよ」
シャノはトエトをふりかえった。トエトは、偉ぶるようすもなくニッと微笑んだ。
「父さんが商人だからね。大陸語を教えてくれるひとが家にごろごろいるだけさ。……ところで、あんた、見ない顔だね。どこから来たんだい?」
答えようとしたときだった。
「シャノ!」
聞き覚えのある声がして、シャノはふりむいた。往来のむこうから、ひとをかき分けて、少年が走ってくる。クロゥだ。近くまでやってくると、彼は先日とは打ってかわって険しい顔つきで怒鳴った。
「なんでこんなところに!」
「おや、お知り合い?」
「ええ。──従姉のところへ行った帰りに、少し迷っただけよ」
前半はトエトに、後半はクロゥにむかって言い、シャノはトエトに礼をのべた。
「ほんとうに助かったわ。ありがとう」
「いいのよ、たまたま見かけて手を出しただけなんだから。あんた、このお嬢さんをちゃんと家まで送ってやりなよ? 危うく大陸の男にさらわれるところだったんだから」
目を剥いてシャノを確かめたクロゥを見て、喉の奥で笑い、トエトは牛車のほうへ戻った。ひらひらっと手を振って、港にむかっていく。
機嫌良く手を振りかえしたシャノのようすに、クロゥはとがった声を出した。
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