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葬儀の喪主は、亡き祖母の長女である母がつとめる。決して暇ではないはずの母が、わざわざついてこいと言うからには、それなりのお仕置きが待っているのだろう。身構えていたシャノだったが、母はいっこうに先ほどの件を叱るようすもなく、まっすぐに母屋にむかっていく。
何があるのだろう。不安に思っていると、母屋の戸口で母は足をとめた。奥の暗がりに手招きをする。
「メーナ、おいでなさい」
呼びかけに応じるように戸口から小さな影がとびだしてきて、母の太腿にすがりついた。肩口で切りそろえられたクセのある黒髪を、母の指が梳く。濃い蜜色のふくふくとした手が母の祝い着をつかんでいた。
「メーナ。このひとは上から五番目のお姉さんよ。シャノと言うの」
教えられて、メーナはちらりとこちらを見たが、すぐに母のうしろへと隠れてしまった。母は困ったように眉尻をさげ、ふところへ手をやった。帯のなかから小銭入れを出すと、親指の先ほどの銅貨をとりだしてよこした。
「この子に飴を買ってやってちょうだいな。火葬場の最後のごあいさつに間に合うように戻るのよ」
「そんなにかからないわ」
「かけてちょうだい」
いまはまだ、葬儀の準備の段階だ。これから儀式を経て、出棺し、柩を乗せた輿が火葬場へと牛のようにのったりと練り歩くことを考えると、あいさつまでにはいったいどれくらいの時間が空くことか。飴を買いに行って戻るだけで、つぶせる暇ではない。
それを、母はつぶせと言うのである。
シャノは、母の服に隠れながらこちらをうかがう末の妹を見て、前途多難を思い知った。実の妹とはいえ、正直なところ、今日までほとんど面識はなかった。母とて、いつもは乳母にまかせっきりで、娘のこまごまとした世話などはろくにしたこともないはずだ。
『家』の兄弟姉妹は人数もいるせいで、あまり仲良くする機会もない。そこへ当の娘の人見知りが加われば、なおさらなのだろう。
──意地になって、うたわなきゃよかった。
メーナにはメーナの乳母がいるのに子守を言いつけられるということは、とりもなおさず、シャノもまた、葬儀の支度には邪魔だと言うことだ。
シャノは腹を決めて、手をさしだした。
「おいで。お姉ちゃんといっしょに甘いものを食べにいきましょう」
「メーナ、お願い。聞きわけてちょうだい」
メーナはもじもじしていたが、やがて、うつむきがちのまま、口を開いた。
「お姉ちゃんなの?」
「そうよ。上から五番目のお姉さんよ」
繰りかえしたシャノのことばに、母が言い添える。
「ほら、あのきれいな晴れ着のお姉さんよ」
口にしてから、母はなぜか苦い表情になった。目で理由を問うシャノにかぶりを振って答え、母はメーナの背をこちらへ押した。
晴れ着と聞いて、メーナはぱあっと顔を明るくした。
「金髪のお姉ちゃんね! どうして今日は金髪じゃないの?」
「……そっちじゃないほうのお姉さんよ」
よりにもよって、フェリと間違えるだなんて。
シャノはむくれながら、メーナの手を取った。メーナは、なぜ姉が不機嫌になったのか、まるでわからないらしかった。シャノにうながされて出発の挨拶をして、素直にとことことついてくる。小さな妹に歩幅をあわせて、シャノはゆっくりと歩みをすすめた。
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