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Sleeping Rose 5-3(最終)
皮膚科へ百合を連れていった。百合は指先に軽い火傷を負っていた。
百合はチョコレートファウンテンにバナナを落として、それを拾おうとしたときに縁の金属に触れて火傷したと医師に語った。
「しばらく皮膚が痛むことがあるでしょうが、痕は残らないでしょう」
百合は医師に軟膏を処方され、指先の手当てをして病院を出た。
「軽い火傷だった。痕も残らないって」
車へ残っていた三人に未来が報告すると、三人は安堵したように顔を見合わせて笑った。
「百合をひとりにして、ごめんね」
「ひとりで行って、ごめんなさい」
チャイルドシートに座った百合と未来が謝り合う。
「清人たちも済まなかった。俺の不注意だ」
「みんな百合がいないことに気づかなかったから、俺たちも悪かったんだよ」
車を未来の実家へ走らせながら、清人が応じる。未来の隣りで飛鳥も頷いている。
「男手ばかりの家族だと、困ることもあるんじゃない?」
佐羽が首をかしげる。
「私でよければ手伝えることもあるから、言ってきてちょうだい」
未来はふわりと胸のなかにあたたかいものが満ちるのを感じた。
「清人のお母さんたちがよくしてくれるんだけど、何かあったら頼むよ。お願いします」
「私も清人くんの実家にあらためてご挨拶に行くから」
「うちの母ちゃんズも喜びます」
信号待ちで車を停めた清人が振り返って目を細める。
母はかたくなに未来に心を閉ざしていると思っていた。でもそうではないことを知って、未来は自分が心から安堵していることに気づいた。
一見冷たく、未来を理解しようとしないと思っていた心に、自分たちへの愛情が眠っていたのだ。それを実感できてよかった。
そしてそれを喜ぶことができる自分でよかったと、未来は思った。
未来の実家へ着いた。佐羽が未来たちへ礼を言って車を降りる。
「未来」
佐羽に呼び止められて、未来が首を傾けた。
「あなたの家族を会わせてくれて、ありがとう」
未来は胸が詰まって一瞬泣きそうになった。かぶりを振って、涙の気配を消す。
「これからも、よろしくお願いします」
未来は声を詰まらせないように喉に力を入れて呟くと、頭を下げた。佐羽も眩しそうな笑みを浮かべて、未来たちへ手を振った。
車が発車する。飛鳥が小さな声で、よかったね、と未来へ言った。未来が頷く。
自分は感情が麻痺しているから、両親も清人たちのことも本当には愛せていないのではないかと思っていた。
自分には感情がないのではなく、ただ感情が眠っていただけなのだと、未来はようやく気づいた。清人がそれに気づかせてくれた。
あのとき、自分が清人に本当に恋に落ちたとき、自分は清人が魂の番だと気づいたのかもしれない。
冬の雪に埋もれた蕾のように、自分の思いは眠りつづけていたのだろう。そして時期が巡って、ようやくいま花が開いたのかもしれない。
それまでずいぶん清人を待たせてしまったけれども、そのことに気づいてよかったと未来は思った。
清人や飛鳥や百合を大切にして生きていこう。
父や母を赦して生きていこう。
自分にはそれができる。大丈夫だと、未来は潮のように満ちてくる涙を抑えるように目を閉ざした。
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