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Sleeping Rose 2-2
実家へ入る。ふわりと乾いた木の匂いがした。
「いらっしゃい」
美しい紺色の蔦模様のブラウスと黒のスカートで出迎えた佐羽は、化粧気のない顔に柔和な笑みを浮かべていた。さっぱりとした短髪に、ほっそりとした長い首と黒い葡萄のような目をしている。佐羽は歳よりもだいぶ若く見えるが、二十年以上の空白の時間が母親を老けさせていた。衰えた首筋の皺に、未来は母親の老いを強く感じる。
「清人くんもお久しぶり」
「あいかわらず、お綺麗ですね」
「もうすっかりお婆ちゃんよ。上がって。お茶にしましょう」
佐羽はふたりを促してキッチンへ消えた。清人が未来の背中に手を添える。大丈夫、とその手に触れると、未来はエントランスからキッチンへ入った。
キッチンにも、乾いた木の匂いが漂っていた。未来の実家は平均的な家屋とあまり変わらない大きさだが、部屋に使われているのはすべて自然の木材だった。柔らかい飴色の木の壁に懐かしさを感じる。しかし他人の家の匂いだと未来は思う。
佐羽はティーポットから紅茶を注ぐと、紅茶をふたりに差し出した。
「子供のころのことを思い出して、焼きメレンゲを作ったんだけど、今のあなたたちにはちょっと甘すぎるかしらね」
「懐かしいです。いただきます」
清人はさっそく焼きメレンゲに手を出していたが、未来は自分を落ち着かせるために紅茶を一口飲んだ。向かいに座った佐羽は、自分たちの指に嵌まった指輪を見較べている。
「清人くんが咲山の姓になったそうね」
「事後承諾になって、すみません」
「いいえ。でも、まだ実感が湧かないの。私のなかのあなたたちは、小学生の子供だったから」
佐羽はテーブルの上に指を組んで、自分の指を見下ろした。
「子供のころからあなたたちはお互いのことが好きだったの?」
「俺は子供のころから未来に惹かれていましたが、未来はそうではなかったです」
「清人くんが未来を好きだったの? 魂の番だから?」
「未来は寂しそうな子供で、俺はずっとそのことが気になっていました。どうしてなのか、原因がわからなかったから。未来を魂の番だと思ったのは、未来が志織さんと結婚したときです。俺は最初、それを自分の勘違いだと思っていましたが、志織さんが亡くなってから、間違いではなかったと思いました」
「私はベータだから、あなたたちアルファとオメガのことはうまく理解できないの。ホモセクシュアルでお互いが好きだって言われたほうが、まだ納得できる。でも、そのせいで、未来にはひどいことをしたと思っている。そのことをずっと謝りたかったの」
佐羽はごめんなさい、と未来に向けて頭を下げた。つられて未来も黙礼する。
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