Sleeping Rose 1-1

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Sleeping Rose 1-1

 大皿に伏せた銀色のボウルからひよこ色のプリンが生まれると、食卓に集まった家族全員の歓声があがった。 「プリン! おっきなプリン!」 「本当にボウルでできるんだな」  五歳になる娘の百合(ゆり)を抱いて、咲山未来(さきやまみらい)は感心したようにボウルを持つ清人(きよと)を見上げた。清人は笑い皺のできた柔和な目を細めて、ボウルをシンクへ片付ける。 「本当はバケツで作りたかったけど、スチコンに入らないからな」 「また台所に物を増やして」  飛鳥(あすか)が大きな目を眇めて台所の一角を指差す。台所の片隅にある金属の棚に、清人が買ったスチームコンベクションオーブン、通称スチコンが置かれていた。食卓の大皿に盛られた巨大なプリンは、清人がスチコンで作った始めての料理だった。  この家では仕事を持つ三人の男たちが家事を交代で受け持っているが、効率がよいことを好む飛鳥と新しい電化製品を増やしたい清人との相性が悪かった。息子と夫のあいだに挟まれた未来はどちらの味方をしてももう片方に恨まれるという理不尽な立場にいた。 「スチコンで料理が楽になるなら、いいじゃないか」 「お父さんは清人さんに甘いんだから」 「お母さん、早くプリン食べよー」  膝の上に乗せた百合に腕を掴まれる。飛鳥が席を立って各自にプリンを切り分け始める。  未来は今年で二十三歳になる飛鳥の「父」で、百合の「母」である。オメガの未来は、最初の結婚でアルファの志織とのあいだに息子を設けた。それが飛鳥だ。志織と死別してから十年、未来は誰とも番になろうとしなかった。が、四十歳のころの発情期をきっかけに、それまで親友だったアルファの清人と番になって百合を産んだ。そして未来は清人と正式に籍を入れた。  百合は清人のことを「お父さん」と呼ぶが、飛鳥は「清人さん」と名前で呼ぶ。清人が父の親友だったころの名残である。 「百合はいちばん小さいの取って」 「やだ、もっと食べる」 「おかわり沢山あるから、あとにして」  飛鳥と百合がプリンの大きさで揉めている。百合はくるくるとカールした髪を揺らして大きな目で未来を見上げた。自分に加勢してほしいようだ。 「お母さんのと交換しようか」 「そうする」  百合は未来の膝に座って、プリンを食べ始めた。おいしい、と未来を見上げる。自分と飛鳥と百合は細面で目の大きい、鳥の雛のような顔をしている。 「百合に合わせて甘くしたからな」  清人もプリンをすくいながら幸福そうに笑っている。清人も自分も今年で四十五歳になる。清人は温和な性格がますます顔に出るようになってきた。五年前の自分は目ばかりが目立つ神経質な顔立ちをしていたが、最近は清人の影響で落ち着いてきたと思う。  未来もプリンの皿を手に取って食べ始めた。カラメルのかすかな苦味とプリンのふんわりとした甘みが口のなかに広がる。子供のころに食べたプリンと同じ味がした。
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