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Sleeping Rose 1-3
飛鳥が百合を風呂場へ連れていった。未来と清人が顔を見合わせて苦笑する。
「いつか問題になるとは思ってたけど、こんなに早く来るとはな」
「それを言うなら俺だってそうだよ」
未来の言葉に、清人が柔和な目をさらに細める。
「俺たちが若返ることはできないからな。やっぱり白髪は染めたほうがいいか」
「そのほうがかっこいいよ」
最近また増えてきた白髪を、清人は気にしていたらしい。自分の髪を無造作に撫でていた清人は、ふと何かに気づいたように食べかけのプリンを指差した。
「この味、未来のお母さんのプリンと同じだな」
「そうだね」
清人も自分と同じことを考えていたのかと思う。清人は幼稚園のころから未来の幼なじみで、未来の家でよくおやつを食べていた。
「うちの母ちゃんズが最近、未来のお母さんに会ったんだよ」
清人にはアルファとオメガのふたりの母親がいる。
「どこで?」
「スーパーで。同じ町内だから、どこかではすれ違ってるんだろうけど」
大学へ入学して一人暮らしをしてから、未来は母親とは一度も会っていなかった。未来の母親は五年前に父親と離婚して、ひとりで未来の実家へ住んでいる。未来の両親は未来が子供のころから別居しており、夫婦の生活はないも同然だった。母親はどんな気持ちでひとりの家に住んでいたのだろうと未来は思う。
「ふたりめの孫ができたと言ったら、喜んでいたそうだよ」
清人は軽い口調で世間話を装いながら、未来の反応を注意深く伺っている。未来の実家の話は、未来がもっとも触れられたくない領域のひとつだからだ。
――いずれあなたも発情期が来ればどんな男にも足を開く人間になるだろう。
未来は思春期にオメガだと確定してから、母親に疎まれた。アルファの父親が魂の番を見つけたという理由で、母親のもとを離れていったからだ。母親はベータで、アルファやオメガの生理を理解できなかった。オメガの女性に夫を盗られた母親は、未来を女性の身代わりのように憎んだ。
「未来にも悪いことをしたと言っていたって、母ちゃんズが話してた」
未来の心はまったく揺れなかった。漂白されたようにまっさらな気持ちで、そうなのかと思った。
母親もひとりで歳を取って、すこしは性格が丸くなったのだろう、と。
清人が食卓の向こう側から腕を伸ばして、未来の手に手を重ねた。
「俺といっしょに、未来のお母さんへ会いに行かないか」
清人の指が、未来の爪の表面をやわらかく撫でている。未来は手を引っ込めるかどうか迷って、そのままにした。
「会わなくなって二十年以上経ってるんだろう。お母さんもきっと変わったよ」
清人は笑い皺を笑みでさらに深くすると、未来の手をトントンと叩いた。
しばらく考えさせてほしいと未来が言うと、清人はそれを予期していたように頷いて微笑んだ。
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