窓から広がる未来

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 聡一郎は近くで鳴り響く金属音で目を覚ました。助力がないと規則正しい生活が送れない聡一郎にとって目覚まし時計は生命線である。普段から規則正しい生活をしようと、目覚まし時計自体は小さいころから置いてある。  ぼんやりとした頭で天井を眺めながら、今日が休日であることに気づいた聡一郎は少し考えた、このまま寝ているのもありではないかと、だがそんな考えを吹き飛ばすように、自分で設定した目覚ましはその音量を大きくしていった。目覚ましの設定は、止められない限り段階的に音を大きくしていく。こういったてきとうな性格を自分で戒めるためにした設定だった、自分よりも優秀な過去の自分に悔しさを感じつつも、聡一郎は起きようという気持ちにさせられていた。横になった状態のまま音が聞こえる窓の方に手を伸ばしたが、大量の本の山に邪魔をされる。大量にある紙の束は自分で買ったものながら本棚に戻すのが面倒くさくなる小説の類だった。ハードカバーは場所を取るものの、早く読みたいことや、描いている人を尊敬すると抵抗なく買っていたのだったが、そんな本までもが怠惰な自分を責め立てているようにさえ感じられた。  そして目覚ましは、そんなずぼらな人間を笑うかのように本の山に埋もれていた、音がくぐもって聞こえていたのはそのせいであり、聡一郎のすぐ近くに落ちていた。  タブレット機器が生活に入り混じってきたのは半年ほど前からである、運動ができず暇を持て余していた聡一郎に、こういうものはどうかと両親が買ってくれたものだった。最初は使い方もよくわからず、身体を動かす聡一郎にとってあまり興味もわかない薄い板だったが、手渡された時に一緒に購入していた電子書籍がその退屈で苦痛な時間を変えてくれた。それ以来聡一郎は物語というものにのめり込んでいったのだった。 手に取った、もうすっかり見慣れたタブレットにはいろんなものが詰まっている、その一つが目覚まし時計だった。半年前までは小さな置き時計が部屋の隅に置いてあったが、今ではその役割をタブレットが担っている。音に慣れてきたら音を変えればいい、もし起きるのが苦手なら設定を変えればいい、姿が変わってもその性能を上げた目覚まし時計が聡一郎の必需品となっている、手慣れた動作で画面をスライドして目覚まし時計を止める、そのころには靄のかかった頭もだいぶはっきりとしていた。  土曜の朝、高校は休みであり、聡一郎も特に用事はなかった、母が用意してくれていた朝食を食べて自分の部屋に戻ったが、何処かへ出かける気持ちは湧いてこない。高校にはいって半年ほどになる、入った当時は遊びに行く友人もいたが今は一人でいることの方が好きだった。    聡一郎が一人でいるときに本をよく読むようになったのは2か月ほど前になる、その当時暇だった聡一郎はいろんなものを試したが、その中で一番自分に合っていると思ったのが、物語の世界に没頭するという事だった。綺麗な世界で、綺麗な人間が、綺麗な物語を繰り広げるようなものもあれば、人間臭さを人間で煮詰めたような物語もあった。時に聡一郎の心に突き刺さるような話もあったが、それが逆に興味を引いた結果が、部屋の周りに積み上げられている本の山の正体である。  特に聡一郎がはまったのは小説だった、身体を動かす事が好きだったくらいで、真逆の趣味ができるとは聡一郎自身が考えてもいなかった。電子書籍であれば手元にある電子タブレットからすぐに手に入れることができるということもあって、興味を抱けばすぐにでも手に入れていた、幸いといえばいいのか聡一郎だけが自由に使えるお金がそれなりにあった。小説というのはどうしても紙で売らなければいけない決まりでもあるのか電子化されないものがある、そんなときは通販で家まで取り寄せるのだ、電子書籍の便利さを知っている聡一郎には紙にするだけの理由がよくわからなかったが、気に入った物語を、好きな場面を何度も何度も読み返したいと思ったときは、紙であってよかったと思っているので聡一郎には少し複雑な気持ちではあった、それでも大量の本を毎回棚に整理するのは骨が折れる、そう考えていると窓の辺りにいつの間にか本の山が出現するようになったのだった。  すこしカーテンを開けて外の様子を伺う、誰もいない事や人気がない事を確認するとカーテンを除けて、窓を開け広げた。窓を通したその先に柵を通して道路が見える。辺りに住宅街が近いこともあって車はあまり通らない道で、平日には学生の姿が少し見えるようになる。高校が休日となると部活に向かう学生が通ることはあるが、9時を過ぎた今となってはその道路を通る学生の姿はないので安心して開けることができた。外の空気を取り入れること、窓を開け広げること、それは両親が聡一郎に課した、本を自由に買ってもいい代わりに設けた条件だったからだ。閉め切った部屋でよどんだ空気の中読書をするよりも、常に新鮮な空気を取り入れることが聡一郎にとっても嫌いではなかった。  世の中には物語があふれかえっている、全く一緒のものというのはそうなく、どこか似たような話でも実はよく読んでみるとそのテーマが違っていたりする、飽きることなどあるわけがなかった、少し前の聡一郎は小説をどこか敬遠しているところがあった、現実に起こったわけではないという事に、想像の世界よりも現実で動かす自分の身体の方に夢中だった、だがいまでは小説の方に虜になっている。  休日という事もあってたくさんの本を読むことができた、聡一郎にとっても満足のいく休日だ。読むジャンルは問わない、恋愛ものも、ホラーも、ミステリーも、そのジャンルだけで言えば少ないが、その中身は無限に広がる可能性をも内包しているかのようで、開くたびにどんな物語が広がるのか楽しみで仕方ない。本屋に足を運ぶことは少なくなってしまったが、あの場所に売ってある一冊一冊に自分の知らない世界も、ひょっとしたら知っているが深くは知らない世界もあるのかと想像すると、現実を忘れて恍惚としてしまうのだ。  夕方の4時頃、自分で設定したアラームが傍らに置いていたタブレットから鳴り響く、目覚ましではない、そして目覚ましよりも大きな音だった。朝の目覚ましよりも更に敏感に聡一郎は反応する、窓を閉め、カーテンを閉め、外の空気を遮断するように、外の世界と距離を置くように、外とのつながりをなかったかのように、痕跡を残さないように、そうやって閉め切って、部屋の電気をつける。だけどこうなるとあまり読書を楽しめない、それまでの高揚が嘘だったかのように消え失せている。出かけていた両親が帰ってくるころだと思って、部屋から出ようとベッドから降り、膝から崩れ落ちた。 まだ不自由さを残した足は、上手く動いてはくれなかった。
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