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ホームルームが終了して雄介はすぐさま教室を出て行こうとしていた、聡一郎はそんな雄介を少しだけ止めて話しかける。
「が、頑張ろうぜ」
「おう、お前もな」
引っかかりながらも景気づけの言葉を交わすと、雄介はすぐに教室から出て行った、今日もバイトがあると聞いていたので聡一郎も長くは引き止めない。聡一郎の頭の中に一瞬だけ雄介の思い人のことが過ぎったが、すぐに綾香の事で流されていった。
休憩時間の間にも聡一郎は雄介と話をしていた、誰かに相談をするだけで、聡一郎は自分の中にある悩みが少しずつ小さくなっていくのを感じて、そしたらいつか本当の友達だと言えるようになるのだろうかという事を考えていた。振り返ってみればそれまでの自分の態度が友人に向けるものではないという事に気づいたとき、それでも蔑ろにしなかった雄介がいたから聡一郎は自分が腐る事なく元に戻ろうとしているような、もしくは成長しているような状態を保てているのだと気づいた。もし自分だったらどうだろうかと考えてみると、名前も覚えていないような相手に果たしてずっと話し続けるだろうか。理由がなければきっとそれもないだろう。そしてその事は既に尊敬の念に変わっていた、だからでこそ自分の心の中から友人と呼びたかった、その一歩がさっきの一言だった、そして本当の意味でも友人になりたいと思った、だから彼が困っていることがあれば力になりたいという気持ちが出てきたのだった、雄介も言っていた、その一歩が大事なのだと。
既に去った雄介について考えていたが、陽が傾いて夕焼けが教室に差していた。教室に人がいないことを希望した聡一郎は綾香と会う時間を少しだけずらしていた、時計を見てみればちょうどいい時間になっていた。窓から外を覗いてみるとサッカー部もミーティングを始めていた、もう教室から出られないなんてこともなかった、ここ最近は誰かに連れ出されることが多かったなと思うと少し笑みがこぼれる。
だからそれは不意打ちだった。
「あれあれ、聡一郎よ―おまえなんかうれしそうじゃん」
身体がびくりと跳ね上がる、誰もいないと思っていた扉の向こうに見知った顔があった。心臓を握られるような感覚を覚えた、動悸が激しくなる、頭の中はパニックでもはや何も考えられなかった、その声もその顔も見覚えがあったからだ、深い記憶の中に閉じ込めておいて黒い嫌な記憶が、たったその一言で全て掘り起こされた。辛うじて絞り出すように出せたのは挨拶だった。
「林先輩……こんにちは」
「おれはよー、事故に遭ったっつうから心配になったのになんだ、その顔は」
聡一郎は考えた、いま自分はどんな顔をしているのだろうか、どんな顔をしていれば正しいのだろうか。
「あ、いえ、そのミーティングもう始まってたんで誰かいると思ってなかったんすよ」
「あーおれなー、あの後退部させられたんだわ、誰だろうなー」
初耳だったが、確かに部員がいまここにいる理由など部活を辞めた以外にないだろう。そしてその回りくどい言い方で聡一郎は気づいた、嫌がらせをされていることを自分がばらしたのだと思われていることに。だがよくよく考えてみれば聡一郎は何も悪くはない、チクりもしてない、勝手に勘違いしている、だけどそんな一言を果たしてこの先輩はわかってくれるだろうか、まずないだろう、それはもう聡一郎だけではどうにもできないものだと察した。
「今日は顔見せただけだけど、お前分かってんだろうな、俺ももう何もないからな」
この高校でサッカー部に入っている、それだけでその道である程度の実力が認められた選手であり、そこを追い出されたことが何を意味しているのかも聡一郎はわかっていた、だが自分で蒔いた種で自爆した林という先輩をいったい何と言えばいいのか、聡一郎には何を言っても納得してもらえるような気がしなかった。ただ一つだけわかったことがある、部内では直接的な暴力こそなかったが、サッカー部という枷があったからそれで済んでいたのだろうという事に、その枷が無くなったいま、あの男が何をするのかが想像がつかなかった。ひょっとしたら想像通りかもしれないし、ひょっとすると想像以上かもしれない。聡一郎は恐怖した、自分が理解できない人間だからでこそ、どんなことでもやってきそうな気がしてならなかった。
林は早々に去って行った、だけど聡一郎の頭の中にはずっとあの男が居座っていた、これから報復されるかもしれない、だけどどうだろう実際は自分は何も悪くはないのだ、それどころか一生付き合わなければいけない傷まで負っている、そのうえでまだ何かやるというのか、そう思うと聡一郎の気分はどんどん落ち込んでいた、それまで考えていたことも全部何処かへ飛んでいってしまう、理解しあえない事の恐怖が、いまの聡一郎には得体のしれない化物のように感じていた。携帯を取り出して聡一郎はメールを送った『すみません、今日はちょっと都合が悪くなってしまいました』返事はすぐに来た『わかりました、残念です、次はいつ大丈夫そうですか』その返事を見て聡一郎は次の予定を考えようとして、そして何も考えられなかった。
気が付いたら家の中にいた、下校中の記憶は曖昧だった。もう学校に安全な場所はないのかもしれない、ひょっとしたらこの家もばれているかもしれない、そう思うと聡一郎は足が痛みだしたような気がした。
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