窓から広がる未来

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 次の日聡一郎は学校を休んだ、両親には足の調子が悪いと伝えると、大して疑われた様子もなく受け入れられる。聡一郎が自分のためだけに嘘をついたのは初めてだったかもしれない、嘘をついたことはあるかもしれないが、これほど心残りな嘘ははじめてだと思っていた。本当はさぼりに近いものだと聡一郎自身がわかっていても、身に覚えのある恐怖はより実感を持って聡一郎を襲ってきた。似たような立場で、性格が根本的に違うとはいえ同じ道を目指していた人間から発せられる、失うものがないという言葉にはどれほどの意味を持っているのか、その意味を考えると聡一郎は家の外にも悪意が渦巻いているような感覚を覚えた、あの角の先で、校門に入るところで、その見えない場所に見えない悪意が渦巻いているように感じてしまう。ましてや相手は自制が効いていた、だがその枷も『失うものはない』という言葉で外れていると考えている。ひょっとすると暴力的な意味も含んでいるかもしれない、そして何より自分以外の人間を巻き込んでしまうかもしれないことが怖かった。聡一郎は自分に言い聞かせて、そのさぼりを自分の中で正当な休みにしようとしていたが、最後のところではやはりさぼりと変わらないという考えを聡一郎に誤魔化すことはできなかった。  家にいても聡一郎にできることはあまりなかった。頭の中が一杯の状態では勉強も今は手につかない、頭に入れようとしても入っている気がしないし、なにより集中できなかった。一度机の前に座ってみたが筆記用具を握ることさえ億劫になっていた。やらなければいけないことでもやりたくないという気持ちの方が強くなるほど揺さぶられている、だが聡一郎がそのことに自分で気づくことは出来なかった。  リハビリをしなければという使命にも似た思いもいつしか薄くなっていた、別に歩けないわけじゃない、多少疲れるがそれで死ぬなんてこともない、それに外に出てばったりと誰かにでも遭遇したらと思うと聡一郎の気がどんどん滅入っていた、それは入院していた時よりもはるかに重い感情がまとわりついていた。    タブレットを開いてため込んでいた小説を読もうとした、違う世界の話で少しでもいまを忘れてしまいたいと思った。ふと部屋を見渡して、部屋の窓を開けていないことに気付いた。聡一郎は本を買う約束として親に言いつけられていたその約束を今度は疑いだした。そもそもこの行動にどんな意味があるのかと、こんなことに何の意味があるのかと。ただの逆恨みで嫌がらせを受けている今の状況が、まさに理解できない理由で受けている嫌がらせに重なって見えてくる、聡一郎は嫌悪感さえ覚えるようになっていた。その約束を守ったところで何の意味があるのか、自分がそうすることで救われるとでもいうのか、精々が気分が落ち込まないようにとかそういった意味じゃないのだろうかと、そうだ、本当に自分のことを心配しているわけではないのだ。どんどんネガティブな方向にばかり考えは向かっていく。己の気分だけで人に嫌がらせをする人間がいるということを知った聡一郎には、窓を開けるという行動さえ同じような嫌がらせの意味が込められているように感じられた。頭の中でぐるぐると回り続ける同じ考えが聡一郎自身を雁字搦めに縛っていった。  ただ、本を読んでいる時だけは救いだった、日ごろから読んでいたせいか、読むという行動に抵抗がなかった。本を読み始めるとその世界が頭の中に浮かんでくる。いろんな世界がある、中にはこの世界とは違う世界を描いたものもある、この世界の未来の物語だってある、そこにあるのは可能性で、違った意味で別世界の話だと思った。物語の主人公のような存在は現れはしない、そういった現状がさらに聡一郎の気持ちを落ち込ませていく。架空の世界の話に、羨ましいという感情がわいてくるほどだった。  夕暮れどきになっても気分はあまり晴れなかった、読書は暇つぶしにはなったが、どこか違うところに意識があるように、どれだけ読んでもはっと違うことを考えていた。入っていけたのは読みはじめだけで、そこから先はどうしても現実が勝ってくる。学校のこと、勉強のこと、将来のこと、それら全てがいまこうしている場合ではないということを知らしめていると分かっていても、聡一郎の足が外に向くことはなかった。あと少しすれば夏休みになる、そうすれば堂々と休むことが出来るだろうか、その考えは休日を喜ぶ学生の姿ではなく、少しは苦しみが軽くなるだろうかという、苦役から逃れようと願う奴隷のような姿に聡一郎は気づいていなかった。    気づくと部屋の中は暗かった、その中で放っておいた携帯が光っていた。昼の間も何度か震えていたような気がしていた聡一郎は、その時は取る気が湧かなかった携帯を今度は手に取った。時間を空けると少しだけ気分が落ち着いていた。それこそ物語の悲劇のヒロイン気取りみたいだと自虐を考えるくらいには回復していた。メールの件名をみて誰が送ったかはすぐに察しがついた、メールの内容は雄介が件の女性に話しかけ、連絡先を手に入れたという話、それよりも先に聡一郎の足を気遣う話があった。  雄介にとってどれだけ嬉しかった出来事だろうか、その思いよりも聡一郎を心配する文章の方が勝っているというのか、そう思うと嬉しさよりも申し訳なさの方が勝っていた。自分のような人間のせいで気分を害しているのかもしれないと思うと、聡一郎は雄介に返信を送った、『しばらく休むかもしれないけど、大丈夫だから』そう短い文章を送ると、もうメールを見たくなくなっていた。こんな自分に友人になる資格があるのだろうかという気持ちが湧くと、これ以上関わるのさえもしかしたら駄目なのではないのかという考えさえ湧いてくる。そう思うと聡一郎は携帯を放って寝ることにした、時計をみればまだ9時ごろだったが、なんだかひどく疲れていた。
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