窓から広がる未来

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 聡一郎が退院するより前に、事故後の話し合いは聡一郎の両親が済ませていた、相手が非を認めてることや、協力的な姿勢からもそれほど問題が発生することはなかったらしい。らしいというのは聡一郎が退院してから事の全容を知ったからだった。  聡一郎の両親は聡一郎が相手と顔を合わせれば何が起こるかわからないと考えて自分たちだけで話を進めたと言ってた、その話を聞いて聡一郎はそこまで自分は分別のない人間ではないと考えていたのだが、話を聞きながら握り拳を堅くする自分を自覚したとき、自分ががそれほど大人ではないのだと悟った。  話し合いは進み、これからの事についての相談になった。サッカー部は当然やめなければいけない、それはもう入院中に嫌という程思い知らされていたが、いざ現実の話として出てくると、思った以上に聡一郎は息苦しく感じていた。  聡一郎の両親は、聡一郎に対して払われる慰謝料の一部を聡一郎自身に自由に使わせることにした。高校生に大金を持たせることに不安がないというわけではなかったそうだが、どんなことででも立ち直る為の時間が必要だと聡一郎は言われた。サッカーが生活の大半を占めていた数か月前を考えれば、穴の開いた時間の埋め方が想像もつかなかった、だから聡一郎は恐る恐る聞いてみた。 「それって、小説を買うお金にしてもいいってこと」 聡一郎の傍らに常についてまわるようになったタブレット機器は、入院中に両親から差し入れてもらったものだった。入院中に顔を合わせるたびに小説を要求してくる聡一郎に、聡一郎の両親はその立ち直りを予感させていたが、会うたびに何冊も要求されると病院では置く場所もあまり多くはなく、物理的にも厳しかった。ある程度の金銭的な自由を与えながらタブレットを渡すと、その要求も消えていったのだった。入院生活の最中に差し入れられたそのタブレット機器の影響で、聡一郎は電子書籍にも手をだしていた。データとしても軽く、容量が超えると言ったことはなかったが、日に日に増えていくデータ量がその読書量を物語っていた。そんな事情を知っているせいか、おいそれとはいとは言えなかった。すこし怖さを覚えるものだったからだった。だから聡一郎の父は言った。 「いいだろう、だけど条件がある。小説を読むという事に関しては何の問題もない、これがゲームを買いたいとかだったら少し考えるところがあったかもしれないが読書なら大歓迎だ。だが私たちはお前に不自由な思いをしてほしくないから、本ばかりを読んで外に出ないという事になってほしくない、だからリハビリにちゃんと力を入れること、そしてもし本を読むのであれば、家の窓を開けて外の空気を取り入れること、それが守れるなら許そう」  リハビリに関しては聡一郎にも言わんとしたいことがわかっていた、医者にも言われていたことで『決して寝たきりのような生活をすることなく、定期的に軽い運動はしないとよくなることはない』そう聞いていたからだ。だからもう一つの条件である窓を開けるという行為が何を意味しているのかが聡一郎には理解できなかった。窓を開けて本を読もうと、閉め切って本を読もうと何も変わらないのではないのかと。だけど本の虫となりつつあった聡一郎はそこを深く考えないことにした、さほど大きな問題にはならないだろうと考えたのと、本を読み放題という誘惑には勝てなかったのだった。  その週の週末、聡一郎は言われた通りに窓を開けて本を読もうとしたが、思っていたよりも外が賑やかだという事に気づいた。朝も早いと鳥の鳴き声が聞こえ、風が木を揺らす音が聞こえる、だけど悪い感じはしなかったし、それらの音は本を読んでいくとどこか遠い世界の出来事のように耳の中に入らなくなっていく。そんな自然の音には反応しなかった聡一郎に届く音があった、それは人の声だった。外から聞こえる喧しい声の中に聞き覚えのある声を聴くと、それまでの集中が霧散するように消えていった。家に隣接する道路は部活生が通る道だという事を聡一郎は忘れていた、縁が切れたと思っても人のつながりと言うものはそう簡単には切れないのかと思うと同時に、顔を合わせたくないと思いカーテンを閉め切った。そしてカーテンの隙間から外を覗けば見知った顔がその道を通っていったのだった。  朝の9時を過ぎたころ、もう部活に向かう学生がいなくなるだろう頃に、少しおどおどとしながらもカーテンを開けた。辺りは静寂に包まれて、聡一郎の心にも平穏が訪れた。横の通りに人が多くなる時間はある程度決まっていたので、その場でタブレットでアラームを設定した。  その日の夕方、仕事から帰ってきた父親に聡一郎は相談をした。道路に面した部屋の窓の先がサッカー部員が通る道だということ、サッカーができないのにサッカー部員の顔など見たくないといった理由をつけて。少しだけ嘘を混ぜたのは部内であまりうまくいっていなかったことを知られたくなかったからだった。一方的に条件無しにしてもらうつもりはなかった、聡一郎は条件を変えられないかという事、そしてそのほかの事であればどんな条件でも呑むという事も伝えた、少しだけ甘えていたのかもしれない、できると言った約束を反故にしようとしているのだからそう捉えられてもおかしくない。聡一郎の父は少しだけ考えるそぶりはしたが、首を縦に振ることも、またその提案を受け入れてくれることもなかった。  外になど目を向けたくもなかった聡一郎としてはどうにかして認めてもらいたかった、だが根気強く頑張っても父親が折れることもまた無かった。なんだかんだと聞き入れてくれるのではないかと考えていただけに、逆に父親の強い姿勢に聡一郎が戸惑うほどだった。  聡一郎は考えた、それほどこの行為には重要な意味があるのだろうかと、ひょっとすると自分で思っているよりも深い何かが隠されているのではないかとおもったが、いくら考えてもわからなかった。ただの窓だ、日の光が差し込む場所であり、その一枚隔てた先にあるのは小さな庭と、そして柵を超えれば 道路がある、ただ一つよく学生が通る道だという事さえ除けば、どの家にでもある何の変哲もない窓だった。  ひょっとすると父は自分の苦しみを理解しようとしてくれてはいないのではないかと考えるくらいだった、だけどそんな人間じゃないことは家族である聡一郎が一番わかっていた、どれだけ考えてもわからなかった、だからといってそのために本を買う自由を失うのも耐えられなかった。  どうすればいいだろうかと聡一郎が考えた結果、本を読み始める時間を変えることにした。家の近くに学生寮代わりのアパートがあるため、絶対に防げると言ったことはないが、9時を過ぎれば休日にそこを通る部活生は少ないだろうと考えた。そして読書を終える時間も決めるようにした。サッカーの部活が行われる時間は限られており、レギュラーだった聡一郎は他の部員がどのくらいの時間に終わるのかが分からなかったので、よくざわめき出していた時間を目安に16時頃にすることにした。次の日の日曜にそのアラームを試してみた、読書の途中で強引に引き戻される感覚に嫌な気持ちこそ覚えるが、それでもその視界に人が入ることもなかった。
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