窓から広がる未来

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 平日の学校終わり、ホームルームが終わっても聡一郎はすぐには教室を出なかった、窓から見えるサッカーグラウンドに部員が揃うのを遠くから眺めていたが、まだ部員は集まっていないのを確認した。部活前のミーティングの時間はある程度分かっている、自分が何度もでていたのだから当然だった、それでもちらほらと練習に出ている部員は増え始めているからミーティングまでそれほど時間もない。  遠くのサッカーグラウンドからこちらを見られることはまずないはずだった、たくさんの窓がある学校を、ピンポイントでこの窓でもみなければ聡一郎の存在に気づくことはない、仮に見ようとしても小さな人影があるというだけでそれが誰であるかを認識することもできないはずで、だから聡一郎が部員に見つかる心配はないはずなのに、どうしてかその姿を誰かに見とがめられているかのような感覚がする、居たたまれない気持ちになったので本に目を戻した。  世の高校1年生がどういうものなのかが分からない聡一郎は、その遊び方もよくわかっていなかった。ホームルームが終わったら雄介にでも聞いてみようと思っていた聡一郎だった、その話の流れで雄介自身の事も聞いてみようかなんて考えいたのだが、ホームルームが終わって早々駆け足に出ていった雄介の前にその計画は破たんした。雄介にも聡一郎にとってのサッカーのような、何か打ち込んでいるものがあるのかもしれない、聡一郎がそう考えたのは、すれ違いざまに挨拶をしていくその顔がその日一番輝いているように見えたからだった。だけどその流れを逃した聡一郎は困った、他のクラスメイトは足早に教室を出て行ってしまったのだから。  休み時間の合間にはそれなりに質問攻めをされていたというのに、帰りに誰からも声をかけられないのはきっとまだ壁を感じるのだろう。数か月の間に仲良くなった教室内に、もともと浮いていた聡一郎の存在は文字通り浮かんだような存在で、まだ地に足がついていないような感覚だった。  そんな壁に近いものを教室の外から感じたのは、いざ帰ろうと教室から出ようとした時だった。だけどこちらは壁というよりも溝のような感じがする、埋められることのない、底抜けの悪意を教室の外に感じていた。教室の外で実際に誰かが待ち伏せているという事はないはずなのにあたかも誰かが待ち受けていて、何かをしてくるのではないかという予感が。  教室の外が怖くなっていた。朝に問題なかったのは、それはサッカー部員が部活をしているから、その場所にいる可能性がなかったからであり、夕方のミーティング前に部員が揃うその時まで、教室外に部員の誰かがいるという可能性は決して0ではない。そのことが分かると、それがたとえどれほど小さい可能性であっても無視できなくなっていた。  教室にはもう誰もいなかった、夏休み前という事で浮足立ったクラスメイトは、その足で部活なり、帰宅なり、遊びになりいっているのだろう。時計の針が動く音だけが教室に妙に響いている。  授業中は冷房で冷やされた教室も、今では生暖かい熱風が窓から入ってくる、授業がないときはつけない決まりとなっているせいか、ホームルームが終わってからの皆の行動はとても早かった。声をかける余裕もなく気づけば一人取り残されていたのだった。だけど聡一郎もいつまでも教室から出られないというわけではない、せいぜいあと数十分くらい、暇を潰すのは入院中に得意になっていた。  そんなことを考えながらドアの方を見てみると人影があった。誰もいないはずだというのは自分の思い込みに過ぎないという事に聡一郎は気づく。だけどいつまでも入ってくるような気配はない。すりガラス向こうに誰かが立っているという様子しかわからない。そしてそれがサッカー部でない事が分かったのはそのシルエットの髪が長かった。少なくともサッカー部員に肩まで伸ばしている部員はいなかったと思うと、誰かを待っているのだろうと聡一郎は考え、自分以外誰もいない教室でいつまでも待たせるのはかわいそうだという気持ちになると、自然とドアを開けた。  そこに立っていたのは見知った顔だった、部活をしていた時に活発的にマネージャーをしていた女の子だった、確か名前は西城だったと思う。グラウンドを走ればいち早くタオルを渡してくれた記憶が聡一郎にはあった、名前を憶えている少ない同級生だった。  西城がこのクラスに来るとすれば友達と何か約束でもしているのだろうと思い、開口一番 「もう誰もいないよ」 といった聡一郎に、 「いえ、聡一郎君に用があってきました、いえ、探してました」 そう返された聡一郎は戸惑う、なにか部室に忘れ物でもしたのだろうかと。そして西城であればそういう忘れ物を届けにも来てくれそうだと思った。気が利く良いマネージャーだったなあと聡一郎は思っていただけに、その用事に思い当たる点がない。それどころかあまり関わりたくなかった、嫌でも思い出させられるから。 「わたし、マネージャー辞めましたから」 そんな逡巡の間に切り出された言葉に聡一郎は自分の耳を疑った。 「な、なんで、あんなに頑張ってたのに」 「いいんです、あんな場所にもう未練もないですから。それよりどこか一緒に行きませんか、わたしいま暇なんです」 西城という女の子はこんな子だっただろうか、記憶にある姿と、いま目の前にいる姿とがうまくかみ合わなかった。よく気が利く子で、それこそ自分を押し殺して部員に接するようなイメージがあって、聡一郎は段々と頭が痛くなってきた。  そんな聡一郎の混乱をさらに引っ掻き回すように西城は腕を引っ張る 「というかこんな教室にいてもなにもないですよ、どっちにしよまずは外に出ましょうよ」 そう言って袖を引っ張られる。踏ん張る力もまだあまりないせいか、それとも関係なく自分の意思か、気づけば教室から出ていた。
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