窓から広がる未来

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 聡一郎は半ば強引に学校の外に連れだされた、その手を引っ張っていく西城が何を考えているのかは分からなかったが、記憶の中にある西城の姿と言えば甲斐甲斐しくタオルや飲み物を差し入れてくれる、いわば気の利く有能なマネージャーだという印象だった。部員をよく見ているようで、邪魔には決してならない、だけどタイミングはちゃんと計っているようで欲しいタイミングでそばにいる。いま手を取って強引に人を連れまわそうとする姿とは似ても似つかない、だけどその強引さを悪くは思わなかったのはそこに悪意を感じられなかったからだった。力いっぱいに引っ張るわけでもなく、だけど相手が少し止まると引っ張る力も弱くなる。ただ振り回す気ではないのはその手から伝わってくる。  聡一郎が暇を持て余していたのは確かだった、いくら本を読むのが好きだと言っても限度がある、四六時中本を読んでいたいと思う程の虫ではない、だけど激しい運動ができない、そしてなにより今までやっていたことが急にできなくなるとそんな時間の潰し方がよくわからなくなる。頼みの綱としていた雄二は早々に帰ってしまった、途方に暮れていたところにきた西城はありがたくも思ったが、突然やってきて突然連れ出して、嵐のように心の中を引っ掻き回す目的は未だによくわからない。だからでこそついていこうと思ったのかもしれない。 「さて、じゃあどこいきましょうか」 そんなことを考えていたものだから、唐突にノープランであることを伝えられた聡一郎は戸惑った、なにかしらやりたいことがあっての行動だと思っていた。行き当たりばったりな印象は余計に記憶の中の西城と離れていく、記憶の中にいた女の子の姿が変わっていくのは不思議な感覚でもあった、、それとは別に聡一郎は誰かと一緒に遊びに行くという経験がないので困っていた、応えに困ってしまう。この場合のお誘いがランニングのわけはない、頭の中がサッカーで出来上がっていた聡一郎でもそのくらいはわかっていた、だけどうまく応えることもまたできなかった。ボールを追いかけるか、もしくはボールに繋がる何かをしてきた聡一郎の、初めてボールに関係のない高校の下校の時間んなのだから。 「きまってなかったの」 「こういう事ってありませんか、唐突にあれがしたい、これがしたいってなる気持ちですよ」 普通の高校生というのは本当にそんなものなのだろうかとも思ったが、それを知らないのだから聡一郎は信じるしかなかった。 そして真剣に行き先を考え始め、遊ぶという事がよくわからないことに気づいた。運動シューズを売っている場所、スポーツドリンクなんかの用品を売っている店、ケガをしたりしたときの整骨院、そういった縁のある場所以外の場所が分からないことにきづいた。それでもないあたまを振り絞って、カラオケ、ボーリングと頭の中に行くべき場所を掘り起こしてみたが、それがどこにあるのかはやはりわからなかった。 「足があれだからあまり遠くへはいけないけどいい」 「監督さんから話は聞いてますよ、わたしは素人だからよくわからないけど、そういうの動きすぎてもダメなんですかね」 「多分大丈夫だとは思うよ、あんまり自信ないけど」 いきなり異性と出かけるのは難易度が高かった、それも多少は知った顔だとなおさら体はがちがちに強張ってしまう。テーピングをしたときの方がまだ気が楽だと思うくらいだった。 「じゃあてきとうにぶらぶらしませんか、いろいろ見てるだけでも楽しいですよ。それに歩いてるうちに見たいものとか見つかるかもしれません」 そういうものかと思ったとき、そういえば気になっていた本がちょうど今日でていたのだと思い出した。本の中には電子書籍化されないものもある、普段は家に通販で届けてもらうことが多いが、本屋に直接向かって物色するのはどうかと考えた。 「じゃあ大丈夫だったらだけど、本屋の近くがいいかも」 「何か気になる本でもあるんですか」 「うん、〇〇ってタイトルなんだけどね、作者の名前は△△で、この人の本面白くてさ、先を予想させないようにいろいろな話をちりばめるんだけど、その中のどれ一つとしても無駄な話が無くて、ちゃんと気づいたら全部関係のある話になっていたっていうか、全て計算されつくされた話って言うのか」 そこまで早口にしゃべってはっとなった、やってしまったと、好きなものの事になると途端に早口になる、だけど西城に対してそれが初めてではないのを聡一郎は思い出していた、そういえば初めて会ったときもサッカーの事を捲し立てていたような記憶があった。 「サッカーって色んな楽しみ方ができると思うんだ、一人でボールを蹴って相手を抜いていく楽しみも、どうしても超えられないような相手だったら味方にパスを回してチームで乗り越えていくような楽しみも、その場その場の臨機応変な動きってのが日々の練習に裏付けされるものだと思っているから、普段から手を抜いていられないようなそんな気がするんだよ」 そういえばあの時も、西城は嫌な顔一つしなかった、その表情はいま目の前の物と同じだった 「そんなに熱く語られるような本、ちょっと読んでみたいですね」 「うん、だったら西城にもおすすめな読みやすい本もあるから、その本今度貸そうか」 「約束ですよ、忘れないでくださいね」 「今度は忘れないよ」 「今度って」 「こっちの話」 記憶の中の顔と今の西城の顔が重なり交わった、ほんの数か月前の、だけどもう忘れてしまっていた練習中の表情を。こちらが楽しく話をしていると、それに同調するかのように笑顔になるのだ。話をしていて楽しいとも思っていた、マネージャーという立場の彼女に対しあまり深くまでは知らなかった聡一郎が、唯一覚えていたのがその表情だった、そういえばあの時もこんな顔だったなと。 「聡一郎君」 「な、なに」 気づいたら顔をじっと見ていたので聡一郎は焦った、相手からすれば気持ち悪いと思われたかもしれない。 「わ、私の事は綾香って呼んでもらえませんか」 頭の中が少しだけ白くなって、戻ってきた、綾香というのは十中八九西城の名前だろう。そして聡一郎も自分が呼ばれるときは下の名前だと気づいた、その辺りの事情を聴くのは野暮だと思った、自分が呼んでいるのだから相手も合わせるのを当然だと聡一郎は思った。 「分かったよ綾香……さん」 「うん、聡一郎君」 そういうものなのかとも考えたが、女友達という存在とあまり縁のなかった聡一郎には良くわからない。だけどよく考えれば綾香は最初から下の名前で呼んでくれていた、そう考えると今まで自分が名字で呼んでいたのは失礼な行為だったのではないのかとすら思えてくる。 「じゃあ、本屋行かないか綾香」 「はい」 罪悪感を払拭するためにその名前を呼ぶほど、なにか馴染むようなしっくりとくる感覚が聡一郎を包んでいった。
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