窓から広がる未来

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 欠伸をしながら聡一郎は読み終えた小説を通学鞄にいれていた、買ってきた小説を家に帰って、合間合間に読んでいたのだがこれが思っていた以上に惹きつけられた、余り夜遅くまで起きていると明日に響くと思い、寝る前に少しだけと思って読み始めた本は、睡眠時間を犠牲にしながらもとうとう読み終えてしまった。  綾香と交換するという約束していたからというわけではないが、それでも読み終えたのだから先にこちらから貸してしまおう、そんなことを思いながら鞄にしまっていた。文庫本だからかあまり場所を取らないが、それでも中で本で撚れたりしないように慎重にいれていた。本を貸した時の綾香の顔を想像すると、聡一郎は少しだけ楽しくなっていた。  本の内容は恋愛もので、聡一郎に年の近い男が社会人の女性に一目ぼれするという話だった。主人公は何度も女性にアプローチをかけていくのだが、女性の方は主人公が年下だからと軽くあしらっていく、社会的な立場、女性の中にある考え、そして主人公の考えなどがぶつかり合い、だけどそれでも諦めずに当たっていく主人公の姿に女性の気持ちが段々と変わっていくと言う話だった。  年が近いせいか聡一郎はいろんなもしもを想像した、もしこの主人公が好きになった女性が同年代だったら、そう考えているとふっと綾香の顔が浮かんできた。まるで自分が物語の主人公にでもなったかのような錯覚を覚えた聡一郎は昨日の出来事を思い浮かべる、あれもデートと言えるのだろうかと。 「まあそんなわけないか」 そして自分の考えを笑い飛ばした、親切で案内してもらったものだ、それをすり替えるのは失礼な話じゃないのかと。ましてや部にいたころから特に親しかったというわけでもない、また部活動を抜きにした交友関係が昔からあったわけでもない。  それよりも頭の中を占めているものは、これが物語の話だということ、そして綾香は現実の話だということ、その二つを一緒くたにするほど、聡一郎は自分が分かっていない人間だと思ってはいなかった。1部員と1マネージャーだっただけの関係に、聡一郎が可能性を見出すことはできなかった。  外も明るくなり始めの時間に聡一郎は目を覚ましていた、入院する前に比べるとそれでも遅い時間に起きている。いまではサッカーだけに打ち込めばいいわけではなく、勉強にも力を入れなければいけないかった、普段は勉強のために時間をかけていることが多かったが、、習慣的には少しだけ寝る時間が遅くなっているのだが、早起きの習慣も抜けるには時間がかかるようだった。サッカーを始めたころから毎朝軽い運動やストレッチをしていた時間、今では必要がなくなっているはずだというのに目が覚めてしまう。窓を開け広げて外を眺めても、まだ薄暗い外には人の気配もあまりなかった。できる限り早く学校につけば、綾香に会えるかもしれない、そう思って聡一郎は家を早く出ることにした。  聡一郎の教室に人はいなかった。綾香がいると思っていた別の教室を覗いても同じで、聡一郎のように朝早くに学校に来ているのは運動部の部員くらいだった。手持ち無沙汰になった聡一郎はとりあえず本を読み始めた。ネット通販で買いだめしておいた小説だったが、前日に読んだ本と比べるとあまり話に入っていけない、きっと寝不足で集中力が落ちているのだろう、そう思ってうつぶせになった、さっきまで昂っていた気持ちが、空の教室を見て急にしぼんでいくのを感じた、さっきまでなんでこんなに興奮していたのだろうか、聡一郎にはその理由がわからない。  周りが少し騒がしいと思ったときには、時間は既にホームルームが始まる少し前だった、軽くうつぶせになっていたら眠ってしまっていたようで、もうすでに教室は人で賑わっていた。より一層ざわめいていたのは雄介が教室に入ってきたからだった、誰にも明るく挨拶をする姿はいかにもクラスの人気者と言った風で、その様子を眺めていると目が合った。その表情がにんまりとしたものになった雄介は聡一郎のところまで来て 「おはよう、なんだおねむか」 「ちょっと夜更かししちゃって、昨日買った本が面白くてさ」 「そうなのか、まあ俺はあんまり本とか読まないからよくわからないな」 「なんだったらなんか読んでみる」 「いや、いいや、あんまり読んでる暇もないと思うし」 放課後嬉しそうに外に行く雄介の顔は、その何かをしに行くためなんだなと聡一郎は思った。 「そんなことよりもー聡一郎くーん、きみも隅に置けないじゃないかー」 突然声色や調子を変えて雄介はそう言い始めた。聡一郎には言われている意味がよく分からなかったが、雄介は構わずに捲し立てていく。 「とぼけるなよー、昨日女の子と一緒に歩いてたじゃないか繁華街の辺り、見てたぞー」 聡一郎は気づいた、昨日一緒に遊びに行ったことを言われているのだなと。 「違う違う、ただ本屋に連れて行ってもらっただけだよ、自分が場所しらないって言ったら教えてくれるって言ったからさ」 雄介の顔をみるとより一層にやついていた 「へー、ほー、そう、まあいいんだけどなお前がそういうならな。でもなんか進展が合ったらちゃんと教えろよ、力になるぜ」 「う、うん、ありがとう、頼ることにすると」 普段より勢いが強い雄介に聡一郎は押されていた、その勢いが弱くなってきたことで、聡一郎は聞きたいことがあったことを思い出した。ただそれまで感じていた気恥ずかしさもその勢いで薄れていた。 「あ、じゃあ早速聞きたいんだけどさ」 「なんだなんだ、あ、なんで持って行ったけど専門的なこととかは無理だ、自分で調べるんだ、それ以外ならいいぞ」 「そんなんじゃないって、たださ、これ聞くのも変な風に聞こえると思うんだけどさ」 皆が当たり前にしているようなことを聞くこと、そんな世間知らずの姿を見せることに気恥ずかしさを感じてむず痒く感じていた、ただそれは昨日までだった。 「なに、真面目な話」 「そんなんじゃないって、たださ、恥ずかしくってこんなこと聞くのが、普通の高校生ってどんなことしてるのかなって、普段がだよ」 聡一郎には普通が分からなかった、少なくとも毎日休日も含めてサッカーに打ち込むのが、一般的な高校生ではないという事くらいはもう理解している。いろんな人間がいるように、いろんな物語を読んでいろんな世界が広がって、自分が今までいた場所が、実は狭い世界に閉じ込められた存在だったかのように感じていた。だからでこそ【普通】が何か知りたいと思った。普通の高校生にならなければいけないとまで考えていた。    そう思って、勇気を振り絞って相談をしてみたのだが返事がすぐに返ってこなかった、おかしく思った聡一郎が顔を上げてみると、そこには雄介の呆けた顔が見えた、目が合うと雄介は俯いてお腹に手を当てて震え始める、まるで何かが弾けそうなところを押し殺すように見えた。 「あー、ほんっとおもしれえなお前、なにお高く留まってんだよ、お前も普通の高校生……ってわけでもなかったなそういや。そうかー、そういやそうだな、聡一郎は小さいころから割とサッカー漬けだって前に聞いたし、そう考えりゃ分からなくてもおかしくはないのか。いやすまん、笑ったのは忘れてくれ。でもそうか聡一郎はサッカー少年だったしな」 最初こそ笑い飛ばされたが、それでも事情を察してくれて、そのうえで真剣に考えてくれる辺り聡一郎は安心した。自分の相談は笑い飛ばす様なものだと言われたかのようで、最初から聞こうとしなかったことの方が恥ずかしく感じるかのようでもあった。 「なんで少年なんだよ、せめて青年だろ」 「色んな意味でお子様だからなー聡一郎君はー」 「ど、どこがお子様だっていうんだよこれでも高校生だぞ」 「はいはい、そういうところだって言うんだよ。んー、そうだな、今日は俺も予定はない……な、よしわかった、光栄にも相談相手に俺を選んでもらえたんだ、だったら俺も真剣に向き合う事にしよう。普通の高校生の先輩として今日はおれと遊びに行くぞ、別に予定とかないだろ、サッカーできなくなってもう」 突然の提案に今度は聡一郎が呆けさせられたが、そんな頭でも予定を振り返ってみた、綾香に本を貸すのは別に今日じゃなくてもいいのではないかと、なにを焦っていたのだろうと思ってほかの事を振り返ってみたが、つくづく自分に何も予定がない事に気づくと悲しいような、だけど遊びに付き合える時間があるという嬉しいような気持ちがないまぜになっていた。 「うん、大丈夫、いつでも行ける」 「よし、じゃあ続きは放課後な、純粋無垢な聡一郎君を平凡な高校生に染め上げてやろうじゃないか」 悪いことを企んでいるときの顔とはこういうものなのだろうか、本当に雄介に相談してよかったのだろうかとその顔を見ると浮かんできた。そんな不安を抱かせられたが後悔はしていなかった、それどころか期待に胸を膨らませる、どんなことを教えてくれるのだろうかと。そんな期待にこたえるかのように学校は始まりの鐘を鳴らした。
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