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夏樹の決心
物音に気づいた妙は、そっと厨房を覗いてみた。
そこにはやはり、夏樹の姿。
灯りもつけず、窓から差し込む月明かりをスポットライトのように体に受けて、椅子に腰かけている。
ひっそりと佇む夏樹は、今にも月の光に溶けてしまいそうに、淡く儚いカゲロウのようで、思わずホウと息をつく。
その気配に、夏樹はふと顔をあげる。
「……やあ、妙さん」
ゆったりと体の向きを変えた。
「ごめん、起こしたんだね」
妙は首を振りながら、夏樹に向かって歩いていく。
「いいえ、おばあちゃんになると、眠りも浅いものよ」
背が高い夏樹の視線は、椅子に腰かけていて、ちょうど妙と目が合う高さだ。
背もたれに身を預けて、穏やかに見上げてくる夏樹の瞳は、つい今し方まで泣いていたかのように濡れて光っていた。
「ふふ、なっちゃん。今から月に帰ってしまう、かぐや姫みたいよ」
「俺がかぐや姫? なんだよそれ」
妙のジョークに、夏樹も軽く笑う。
だがそれは、本心から浮かべた笑みではない。
妙はそのことを知っていた。
「鈴音さん、お兄さんと籍を入れたんですってね」
「うん、やっとだよ。あの煮え切らねーふたりが、ようやく落ち着いてくれた」
「そうね」
夏樹の鈴音への気持ちを知っている妙は、
「良かったわね」
とは簡単には言えない。
ただ静かに夏樹の側に寄り添ってやる。
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